2016年9月10日土曜日
前田霧人「『湿風』は、『温風の誤植で誕生した季題』」(「新歳時記通信」第9号)・・・
「新歳時記通信」第9号、第10号(編集・発行人、前田霧人」が発行された。諸々で2年4か月ぶりだという。もちろんそれだけの月日を費やしただけの労作である。参照された歳時記だけでもざっとて160冊は超えていよう。その他参考文献は数えきれない。後記に次のように記してあった。
㊁「湿風」(五五頁)
平凡社版『俳句歳時記』(昭和34)に「温風」の誤植という珍事により誕生した季題である。
その55ページを開く。全部は引用しきれないが以下に引用する。
(二)「湿風(しっぷう)」(晩夏)
①「湿風(しっぷう)の歳時記初出は平凡社版『俳句歳時記』(一九五九)であるが、同項を参照すると、その季題名、解説、七十二候の引用、圭岳の例句、索引の全てで、「温風」を「湿風」と誤記(誤植)した結果によることが明白である。
②その誤記がそのまま次の③の『新撰俳句歳時記』(一九七六、明治書院)に受け継がれ、④の『新編俳句歳時記』(一九七八、講談社)の「熱風」解説の一節を経て、前項一(一)⑤の『カラー版図説日本大歳時記』の「温風」に引き継がれたのである。
③『新撰俳句歳時記』
「湿風」 夏の末に吹くあたたかい風。二十四節気・七十二候の六月の小暑の第一候に「湿風至る」とある。現代の季語としては廃れたものと見たい。
④『新編俳句歳時記』
「熱風」 温度の高い風。フェーン現象による日本海側へ吹き下ろす風は代表的なものである。
新しい季題である。熱風と似たものは湿風で黒南風を湿度の方面から表現したといえる。湿風の方は季語として廃れ、熱風は次第に普及して来る傾向が見られる。
⑤『図説俳句大歳時記』次の⑥のように季題「湿風」に疑問を呈し、後継の『角川大』も「湿風」の記載はない。
⑥『図説俳句大歳時記』
「温風」(前略)「温風至ㇽ」を「湿風至ㇽ」と書かれているものもあり、湿風のことばもあるが、これは無理な感じがする。
⑦『国語大』
「湿風」しめっぽい風。雨気を含んだ風。
⑧館柳湾(たちりゅうわん)『柳湾魚唱』(一集、文献*64、語注は『大漢和』、『国語大』による)
相模原旅懐
湿風吹 麦気 渋雨近 梅天
(「麦気」麦ののびる頃の気候。麦の上を渡る風の香。「渋雨(じゅうう)」降ったりやんだりしてぐずつく雨。)
⑨「湿風」は誤植という珍事により歳時記に初出した季題である。⑦の『国語大』の「湿風」解説に「夏季」との記載はないが、その用例⑧には「麦気」、「梅天」の語がある。「湿風」を今後も晩夏あるいは夏の季題として認知すべきかどうかは判断の分かれる所である。
よく調べたものだ。その粘り強さに驚き、感心する。
因みに、第9号の中味は「風の題(増訂版)」であり、第10号は「海島◇初夏」「伊集の雨」「雨の題」と巻末の「主要歳時記一覧」である。「風」と「雨」の「題」だけで、約260頁と約160頁の二巻にまで及ぶのだから、霧人版「新歳時記」はどれだけの大冊になるのか計り知れない。いわば、愚生などは発行されるたびにその恩恵にあずかるのみである。
藤の実↑
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