2018年11月6日火曜日
福田甲子雄「わが額に師の掌おかるる小春かな」(『福田甲子雄全句集』より)・・・
『福田甲子雄全句集』(ふらんす堂)、栞文は、宇多喜代子、友岡子郷、三枝昻之、井上康明、福田修二。既刊7句集、自句自解100句、評論が収載されている。著書解題は瀧澤和治。ブログタイトルにした句「わが額に・・・」について、遺句集となった第七句集『師の掌』の「あとがき」に夫人・福田亮子がしたためている。
この句は、手術後小康を得て退院し、自宅で療養に専念しておりました所に、飯田龍太先生ご夫妻が、わざわざお尋ね下さいました時のものでございます。ベッドの脇の椅子に掛けられた先生は、主人の額にしずかにそっと掌をおかれ、顔を近々と寄せられて、心底快癒を願って下さいました。まるで時間がとまっているような、主人にとりましても、私にとりましても、それは何ものにも代えがたい至福のときでございました。主人は悦びと畏れのなかで、どんなことをしても元気になって、先生のお気持ちにお応えしたいと強く思ったに相違ありません。そのことに思いを致すとき、今でも胸が潰れる想いでございます。
そして、愚生は、本著のなかの評論「俳句をささえるもの」に改めて以下に若き日の長岡裕一郎と攝津幸彦の句を発見した。
狼の背に運ばれて冬の種子 長岡裕一郎
この作は、第四回五十句競作のなかのもので、作者は昭和二十九年生まれ、二十代後半の青春期に属する人だけに、新鮮な内容を大胆に表現して成功している。山野の茫々とした枯褐色の中を、一匹の狼が眼をかがやかせて走り去っていく。そうした光景が,いや応なしに読者の心にくい入ってくる。そして、ゆたかな日本の風土を思わせる。作家的年齢と実年齢が合致した力が、そこに観られるのだ。(中略)
鳥籠の蜩へ海迫りけり 葛城綾呂(昭和二十四年生まれ)
陽が射してゐる友の頸さくら鯛 林 桂(昭和二十八年生まれ)
墓山の父と寝て見る春の雲 山下正雄(昭和三十四年生まれ)
彦星よ北方は懺悔散華の庭 攝津幸彦(昭和二十二年生まれ)
五十句競作の十代二十代の作品であるが、俳句という短詩型を開拓していこうとする青春の気迫に、生命の歓喜の声が聞かれる。概して「俳句研究」五十句競作には、青春期の人の作品に珠玉が多かった。
思えば、若造であった愚生にも、いくつかの著書を恵まれていたが、そのお礼状を出したのかどうか、すでに記憶がない。ともあれ、本全句集よりいくつかの句を以下に挙げておこう。
天辺に蔦行きつけず紅葉せり 甲子雄
桃は釈迦李はイエス花盛り
生誕も死も花冷えの寝間ひとつ
春雷は空にあそびて地に下りず
初湯出て山の茜と向きあひぬ
雨の野を越えて雪降る谷に入る
百合ひらき甲斐駒ヶ岳目をさます
稲刈つて鳥入れかはる甲斐の空
まづ風は河原野菊の中を過ぐ
白毫か黒豹の眼か春の闇
春の空わからなくなる妻の声
0 件のコメント:
コメントを投稿