我妻民雄第二句集『現在』(現代俳句協会)、近年には珍しい簡明な序文は高野ムツオ。全文を以下に記しておこう。
集名に因む句は巻尾に置かれた次の句だろう。
現在はつまり生前笹子鳴く 民雄
著者「あとがき」には、
何げなしに遣う「現在」は、実は切ないほど短い。つまりは過去と未来との接点。またはそれを含むしばらくの間である。接点としての現在は、未来を薄くし過去を厚くする。
百年と刹那とは、セシウムの半減期から見れば同じかも知れぬが、生き身にいわせれば言葉自体が矛盾を抱えているように思える。言葉は文脈を与えられることにより意味が限定される。句集もまた文脈の一つである。
とある。過去が厚さを加えるに従い、誰しも止むをえないことだろうが、句友に捧げられた追悼句をまず挙げよう。
悼 田中哲也
榠樝の実おとがひ細く人は逝く
悼 大森知子
多島海ひとりの渚寒からむ
悼 岡部桂一郎
天に酒星ありと冬帽笑へりき
悼 佐々木とみ子
角巻の麗人過るよされ節
悼 平松彌榮子
鶴ほどのかろき柩を運びけり
以下は、愚生の好みに偏すが、いくつかの句を挙げておきたい。
百年のさくら百年校庭に
この星は風の容れもの黄砂来る
哲也来る土手のすかんぽ振りまはし
蕗の薹いつぱい合掌がいつぱい
茅花流し人類だけが嘘をつく
雑巾をさがす八月十五日
空爆の空につながり冬茜
地上から照らされてゐる鰯雲
亀の手食つたか鍋破はまだか
迂闊にも息もらしたり水中花
飛ぶといふより初蝶の飛ばさるる
一機一弾二シテ万死ノ晩夏
終着のつぎは始発や雪催
我妻民雄(わがつま・たみお) 昭和17年 東京・台東区根岸生まれ。
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