2019年2月12日火曜日
西川徹郎「湖底の駅で星の出予報していたり」(『惨劇のファンタジー』より)・・
綾目広治『惨劇のファンタジー—西川徹郎十七文字の世界藝術』(茜屋書店)、西川徹郎宇研究叢書の第1巻でもある。同著には資料編として、西川徹郎自選句集『黄金海峡』(240句収載)、「十七文字の銀河系(西川徹郎=西川徹真)略年譜」、西川徹郎主要著作一覧、諸家西川徹郎論一覧が収録されている。また自選句集『黄金海峡』には、未刊の第15句集『永遠の旅人』、第16句集『冬菫』、第17句集『湖底の町』から、それぞれ数句が収録されている。
本著の目次には、「序にかえて 読みの方法論」をまず示して、各句集ごとに節目をつけ、第1章「隠喩の冒険ー『無灯艦隊』『瞳孔祭』」、第2章「シュールレアリスムの冒険ー『家族の肖像』『死亡の塔』、第3章「実存を問うー『町は白緑』『桔梗祭』」、第4章「浄土教を背景にー『月光学校』『月山山系』『天女と修羅』」、第5章「ファンタスティックな俳句へー『わが植物領』『月夜の遠』『銀河小学校』、第6章「惨劇のファンタジーー『幻想詩論 天使の悪夢九千句』、「抗う俳句 結びにかえて」と分け、詳細な資料編・略年譜などを通覧するだけでも、西川徹郎の句業の来し方の特徴が伺われる。例えば、第1章において、
(前略)さらに阿部誠文は同論文で、再び西川俳句の難解さの問題に言及して、「西川徹郎の俳句は、難解だという、そこには誤解がある。西川徹郎の俳句をわかる俳句だと思い、理解(・・)しようとするからだ。西川徹郎の俳句は、わかる俳句ではない。伝わってくる俳句だ。イメージとして伝わってくるし、音楽としても伝わってくる」と語っている。
と述べられている。あるいは略年譜とはいえ、詳細を極め、編の齊藤冬海は、西川俳句の特徴を以下のように、
(前略)独自の〈実存俳句〉を創始した。◆それは明治の正岡子規や高浜虚子の花鳥諷詠・客観写生等といった文語による伝承的俳句論や種田山頭火・尾崎放哉等の自由律俳句、戦前戦中の新興俳句や口語俳句、更には戦後の「海程」等の社会性俳句や前衛俳句、高柳重信の等の多行書き俳句、感覚だけで詠まれた金子兜太等の無思想俳句、娯楽番組化した坪内稔典の片言俳句や軽薄俳句等、明治・大正・昭和・平成の今日迄、正岡子規巳来、百五十年に到らんとする近現代俳句史の〈有季定型〉の趣味的俳句論や〈季語季題〉偏重の伝承的美意識で作られた俳句を否定し超絶した、森村誠一が松尾芭蕉の〈蕉句〉と比肩し〈凄句〉と命名した〈世界文学としての俳句〉の屹立へ向けた〈反定型の定型詩〉論の提唱と実践であり、それはまさに、〈十七文字定型〉の胎内原理〈反俳句の俳句〉〈反俳句即俳句〉を顕彰し、日本の詩歌文学一千年の伝統と対峙する〈反伝統の伝統〉詩としての俳句革命の実践であり、西川徹郎が提唱する、世界文学・世界藝術の極限を切り拓く〈十七文字の世界藝術〉の樹立に外ならない◆
と、言挙げしている。ともあれ、自選句集『黄金海峡』より以下にいくつか句を挙げておこう。
不眠症に落葉が魚になっている 徹郎
男根担ぎ佛壇峠越えにけり
樹上に鬼 歯が泣き濡れる小学校
ねむれぬから隣家の馬をなぐりに行く
父はなみだのらんぷの船でながれている
食器持って集まれ脳髄の白い木
畳めくれば氷河うねっているよ父さん
なみだながれてかげろうは月夜のゆうびん
遠い駅から届いた死体町は白緑
抽斗の中の月山山系に行きて帰らず
綾目広治(あやめ・ひろはる) 1953年、広島市生まれ。
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