2019年11月5日火曜日
小林貴子「雪晴の須藤徹がそこに居る」(『黄金分割』)・・
小林貴子第4句集『黄金分割』(朔出版)、第3句集『紅娘』を上梓してから11年が経つという。序文は宮坂静生。その序の結びに、
若葉には若葉のものゝあはれかな 小林貴子
(中略)目にふれた若葉の美しさを「若葉のものゝあはれ」といった。いわれてみればその通りであるが、「ものゝあはれ」とは選ばれた花や紅葉への情感を漠然と想像していた者には、意外性がある。あっけらかんと言い放ったおかしみまでもにじむ。忘れ難い佳句に出会った松阪吟行であった。
と称揚している。また、著者「あとがき」には、
(前略)まずは二〇〇八年から二〇一四年まで七年間の作品で第四句集を編むこととし、『黄金分割』と名づけた。黄金分割はひとつの線分を二つに分ける比率で、ほぼ一対一・六。長方形の縦と横をこの比率にすると最も安定的で美を感じられるといわれ、A判・B判の用紙もほぼこの比率になっている。また自然界にも多くの黄金比が存在する。
と記し、
(中略)では「海市」で一句作ろうと、頭の中で制作していた。これはほどなく行き詰まる。ところが、自我を抱えて丸まった私の背中をぽんぽんと叩いて、「ちょっと振り返って、こっちの世界を見て見れば」と示してくれたのは、本物の季語の世界だった。言葉のみではなく、実物の釣舟草であり、銀やんまであり、滝であり、冬山だった。実物は豊穣で、しかも千変万化する。いつの間にか、それらを心の中にいれる術を覚えた。覚えてみると、それ以前は、何と総てのものを拒否していたのだろうと驚くばかりだ。心の中が豊かな物で満たされてゆくと、従来抱えていた泥炭はもうどこかへ雲散霧消していた。縮こまっていた背は伸び、肩の力は抜け、呼吸が楽になった。この季節との出会いは、私にとってかけがえのないものだった。
と、述べている。ともあれ、集中より、いくつかの句を挙げておきたい。
花吹雪尾を持たぬ身の不安定 貴子
八朔角力雲かけのぼる浅間山
築地歳晩靴底に粘る水
石菖の咲き灯台のなぐさまず
底なしと聞けば石投げ冬の沼
冬ざれや龍爪(りゆうさう)といふ筆跡も
ぞんざいな折目ひらけば初蝶に
邯鄲やかけてとどまる釉(うはぐすり)
陽炎を握れば握り返さるる
眠らざるエドガー・アラン・ポー忌なり
仲良くはないが集まり冬眠す
小林貴子(こばやし・たかこ) 1959年、長野県飯田市生まれ。
0 件のコメント:
コメントを投稿