2020年6月14日日曜日
石井辰彦「白(しら)みゆく空を見上げる。泣きながらあけぼの杉の竝木を過ぎて」(『あけぼの杉の竝木を過ぎて』)・・
石井辰彦『あけぼの杉の竝木を過ぎて』(書肆山田)、帯の惹句に、
独り歩を運び、抑えがたい叫びをのみこむ
石井辰彦
涸れもせず尽きもせぬ、なげきのぞみうれい。
とある。本書最後の「詩の方尖塔(オベリスク) an scrostic」の全首を以下に、まず挙げておこう。なぜなら全首の頭の一文字を連ねると、いわゆる隠し題が現れる、折り句になっている。本書の版元、編集者名が配されている。つなげると「鈴木一民書肆山田大泉史世」12首である(原歌はすべて旧正字であるが、愚生のパソコン技術では困難なので、ご容赦を・・)。
鈴が音の駅馬駅(はゆまうまや)ゆ―、旅客(たびびと)の衣嚢(イナウ)にも一帙の詩集が 辰彦
木の暮の榻(タフ)に睡れる青年は詩人、洋墨(インキ)に指を染めゐる
一盞の美酒と一首の若書きの詩篇。泡立つ世界の夕暮(セキボ)
民庶皆挙(こぞ)り購(あがな)ふ書物ではない。―が、百年残る一冊
書窓から射す朝影に驚きぬ。國禁(コクキン)の書を読み耽りゐて
肆力して孤介(コカイ)の詩家(シカ)が書き終へる一篇の詩の中の内乱
山巓を染めて豪奢(ガウシヤ)な夕陽(セキヤウ)に翳(かざ)す―。金箔押(キンパクおし)の書籍(ショジャク)を
田園詩人も都市派の吟客(ギンカク)も乗せて白紙状態(タブラ・ラサ)の舸(ふね)は征(ゆ)く
大きやかなる酒坏(グラス)には東西の古今(ココン)の詩句(シク)を混(コン)じて注(そそ)げ
泉韻は潺湲(センクワン)として(緑髪(リョクハツ)の)水の精(オンディーヌ)が詩を吟ずる如し
史上もつとも危険な書舗(ショホ)に革命詩人と急進派編集者
世に問ひし詩書の数数。満天の星にも届く詩の方尖塔(オベリスク)
その他にも、短歌の本文活字の組み方は、下揃え、天揃え、天地揃えなど、さまざまな意匠がめぐらされている。あるいは一行棒書のみならず、一字空白、句読点、ダーシ、カッコ、感嘆符などの配置は一様ではない、声に出され、読むのみではなく、視覚を刺激するコラージュが施されてもいる。本ブログでは、表現することは難しい。是非とも本書を手にとられたい。とは言え、限りを承知で、以下に幾首か、挙げておきたい。
山巓に消え残る雪 金剛石(ギヤマン)の雨を降らして告天子(ひばり)が揚がる
少年の乳首(ちくび)は痛む 洗ひざらしの盗汗(タウカン)の襯衣(シャツ)に擦(こす)れて
月影にまみれて刺(さ)し交(ちが)ふ 左派(サハ)の兄と恐怖主義者(テロリスト)の弟と
戀男(こひびと)は兄で 二つの実在を行(ゆ)き交(か)ふ水は冴え渡りゐて
禁断の戀といふ名の蟒蛇(うはばみ)がひと吞みにする 人類(ひと)も地球(チキウ)も
絶頂(ゼツチヤウ)は二十歳(はたち)の夏!と顧みるのは簡単だ。生(セイ)の夕暮(セキボ)に
遠くゐる父といふ敵(テキ)。上膞(にのうで)に弾痕(ダンコン)のある男だつたが
崩れゆく銀河の響き―。今日(けふ)の日が私(わたし)を生んで、そして、亡(ほろ)ぼす
石井辰彦(いしい・たつひこ) 1952年、横浜生まれ。
芽夢野うのき「桜木に茸咲かせて僕らは緑雨」↑
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