谷口智行『窮鳥のこゑ/熊野、魂の系譜Ⅲ』(書肆アルス)、装幀・間村俊一、著者「あとがき」には、
(前略)人の為せること、知り得ることなど高々知れており、そこへの歩み寄りは厳しく、切なく、どう足掻いても満たされることはない。ここにある種の悲しみが生まれる。
その悲しみゆえに人は、何ものかに向けて語り、書き、語らずにはいられなかったのである。
くれあきの窮鳥のこゑかとおもふ 智行
秋も終わりの熊野市波田須町で得た一句。
落莫とした森の奥から聞こえて来たのは哀切極まりない鳥声、追い詰められ逃げ場を失った窮鳥の叫びである。
とあった。また、
(前略)第Ⅰ巻『熊野、魂の系譜』では「歌びとたちに描かれた熊野」について、第Ⅱ巻『熊野概論』では、歴史的・民俗的見地から熊野の大要を記した。
本書第Ⅲ巻『窮鳥のこゑ』の内容は多岐に渡るが、「熊野、」と銘打つように、筆者の視座はあくまで熊野なのである。
構成は次の通り。
Ⅰ贅言集 言わなくてもよいような事々。
Ⅱ漫筆集 思いつくままに。
Ⅲ小考集 他愛無い考察。
Ⅳ詞華集 選りすぐりの句に鑑賞を添えた。
Ⅴ四季逍遥 四季の移ろいに心を寄せて
Ⅵ論考 凡慮。汗顔の至り。
ともあった。論考では、愚生の出会った人々のあれこれを思い出すよすがになった「俳句から読み解く『少年』の発達心理」の結びを以下に記しておきたい。
(前略)一つの俳句が誕生するまでには、少年、少女時代から現在に続く種々の心理機制が関与している。その表現形式の具体的方法の一つとして俳句を選択した者を俳人と呼ぶ。俳句の源流に湧き続けるのは、畢竟「少年の心」と言える。
死なむとす春潮臍に来るまでは 谷口 智行
とある。ともあれ、大冊のほんの一部分ではあるが、集中より、主にⅣ詞華集より、いくつかの句を挙げておこう。
日にかざす空蟬といふ匣ひとつ 中田 剛
見る限り戻り鰹の潮色に 茨木和生
旅なれや汝が指すものを鷹と見き 大石悦子
草の罠月光かかりゐるを待つ 鳥居真里子
だんだんに手足大きく踊るなり 島 雅子
遠雷や薬の数は病める数 横山民子
健次忌の河口や砂嘴の切れてゐて 上野山明子
建売住宅販売の旗盛夏かな 瀬戸正洋
自転車のチューブ引き出す春の暮 岩城久治
海の日の一番線に待ちゐたる 涼野海音
芒穂を握りて水に消えたりや 島田牙城
悼 川崎展宏先生
あたたかなフユといふ日に逝かれけり 藤田直子
秋の灯にひらがなばかり母へ文 倉田絋文
綿虫や雑木林をむらさきに 林 桂
敷居まで日の差し秋の更衣 山下知津子
波郷忌の風あゆましむ鶴その他 河野 薫
ハイビスカス臆すことなく赤であり 赤城喫茶
初日影死者より伸びて来し羽か 高野ムツオ
谷口智行(たにぐち・ともゆき) 昭和33年、京都生まれ。2歳から新宮市で育つ。
撮影・芽夢野うのき「黄花コスモスあの子がいないいない秋」↑
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