「河口から」Ⅷ(季村敏夫個人誌)、その季村敏夫「歩く、歩かされるーあとがきにかえて」の最後に、
この五月(愚生注:19日)、書肆山田の大泉史世さんが亡くなられた。掲載した作品「しろいくも」は同人誌「月光亭」七号(一九九三七月)に収録されたもの。大泉さんは毎号散文詩とF・アラバールの翻訳を発表している。七号のあとがきに「生き残っている者は、口をへの字にして、不当な欠損感に耐える」と記している。能面の癋見(べしみ)である。「んげなごどえっだってはがねえごどにい」、雑司ヶ谷の向うから音ずれる訛りのある語り口、想起する度に励まされるだろう。
とあった。大泉史世「しろいくも」の冒頭の5行のみだが、引用しておきたい。
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それは、とてもとても、とても不可能なことだと思えた。
またね、またいつかねーー。
ぼくは、両手をポケットにつっこんで、どうやってもこみあげてきてとめら/
れないルフランを鼻先から逃がしている・・・アンダ、ライフ、ゴウゾン。
ーーんげなごどえったっではがなえごどにい。
ブログタイトルにした句「雨の空群れるものかよ独り往く」は、夫君・鈴木一民によると、彼女の死の一ヶ月ほど前のメモに残されていた、という。合わせて三句あったそれらの他の二句を挙げておきたい。
鉄塔の下とびまどう黒い羽根 史世
腫れ足で蟻をイッピキ介助する
二句目の腫れ足は、癌によって、浮腫で大きく脹れあがっていたのだ。その足で介助される蟻とは・・・無限に優しい。聞けば、癌は克服されて、寛解に向かうはずだった。直接の死因は、誤嚥性肺炎の診断だった、という。享年77。詩書を柱に、書肆山田は大泉史世・鈴木一民の文字通り「二人態勢で困難な道を歩んだ」(池澤夏樹「ある編集者の仕事」毎日新聞7月13日付)版元である。
★閑話休題・・安藤元雄『惠以子抄』(書肆山田)・・・
安藤元雄『惠以子抄』(書肆山田)、おそらく、書肆山田としての最後の刊行詩集ではないだろうか。奥付の前のページに、
書肆山田の大泉史世さんが、文字通り最後の力をふりしぼってこの本を編んで下さった。
尽きない感謝をこめてご冥福を祈りたい。 著者
と記されてあった。詩篇については、本書収載中、唯一の書下ろし「虚空の声」を以下に挙げておきたい。
虚空の声
死んだ妻が
夢の中から
不機嫌な声で
悲しいわ と呟いている
何か苦情を言いたいらしいが
何が不満なのかわからないので
なだめようがない
声だけが虚空を伝わって来る
そんなことを言わず我慢してくれないか
もう長いことでもあるまいから
そう言いかけて口籠ったが
妻の耳に届いたかどうか
悲しみを訴える妻の声が
暫く虚空に漂い
やがて私の中の悲しみとなって
澱のように沈み込む
安藤元雄(あんどう・もとお)1934年、東京生まれ。
撮影・芽夢野うのき「秋冷え包む懐かしいさびしさか」↑
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