斉藤志歩第一句集『水と茶』(左右社)、企画協力に佐藤文香。2014年から2022年までの256句が収められている。解説は岸本尚毅、その中に、
俳句を作るとき、あるいは読むとき、どんなところに拘るのか。この句集にこんな句があります。
手の甲にカーテン支ふ冬の月
(中略)日常の事柄をさりげなく詠った作品です。作者の感じたことがそのまま伝わります。この作品がもたらす作用は、「伝達」というより、「再生」に近いかもしれません。作者が拘って選んだ言葉が読者の想像力に働きかけ、作者の体験が読者の頭の中で「再生」されるのです。(中略)
まだ黒くなる芋虫の骸かな
生きものの死にざまをリアルに詠んだこの作品にも、作者の好奇心に満ちた眼ざしが感じられます。(中略)
この句集を読んで感じられるのは、とにかく、作者が楽しそうであり、俳句を通じて人生を面白そうに眺めている、ということです。われわれ読者もまた、この作者が遭遇する俳句現象を、面白がって眺めようではありませんか。
とあった。ただ、愚生に不満があるとすれば、現代仮名遣いの方が、斎藤志歩の作品は、より活きるように思われたことであった。「俳句は現代詩である」とは堀田季何の言葉だが、こうした、若い人の作品を読むと、やはり、俳句の言葉もまた、時代を負っていると思うのだ。ともあれ、愚生好みに偏するが、集中よりいくつかの句を挙げておこう。
バーの名の光れる路を提げゆく
けふは肉あすは魚に年忘
山眠るゆふぐれの鳥ふところに
冬雲や焼肉を締めくくるガム
東風吹くや鞄を出づる犬のかほ
つくし野のつくしのまばらなるところ
散る花に風の行く手のつまびらか
秋風やきりんの首のよく見ゆる
長き夜やひとり暮らしのトイレに鍵
霜月や呼べばすぐ来る待合せ
冬林檎歌へばちがふ声になる
斉藤志歩(さいとう・しほ) 1992年生まれ。
★閑話休題・・斉藤志歩「木の実落つ今は手元にこの栞」(「むじな 2022」通巻6号より)・・
斉藤志歩つながりで、「むじな 2022」通巻6号(むじな発行所)、特集は「斉藤志歩句集『水と茶』」。執筆陣は西村麒麟「薔薇」、千倉由穂「暮らすことの朗らかさ」、暮田真名「(酒量と同量の)水と茶」、榊原絋「私は斉藤。俳句をやっています」。一句鑑賞は板倉ケンタ・今泉礼奈・松本てふこ・西村結子・田口鬱金・浅川芳直。以下に、一人一句を挙げておこう。
集落に人影蜘蛛の狩しづか 浅川芳直
飛びのいている人がいる亀の鳴く 有川周志
言霊のまず枯れそうな春の風邪 一関なつみ
副賞の一本は温泉でありぬべし うにがわえりも
夏椿を記憶の蓋にして閉じる 及川真梨子
段ボール箱に匿ひ竈馬 工藤 吹
わづらひて八月の果つ九月また 斉藤志歩
つま先の先つぽにつぼ春を待つ 漣波瑠斗
曰く付きの橋夕焼沈む橋 佐藤 幸
初めてのキャッチャー役や水温む 島貫 悟
風船を母星に帰らせてあげる 菅原はなめ
良宵や隣家の「♪オ風呂ガ沸キマシタ」 鈴木あすみ
等比数列第n項に蜂 鈴木萌晏
子鯨のうねりゆっくり胎動く 須藤 結
梅酒瓶抱へし胸に実の泳ぐ 田口鬱金
春風や骨美しきアーケード 武 元気
卒業す『To LOVEる』全巻返却し 谷村行海
島国に一島ほどの夏の雲 千倉由穂
春風やメンバーカラーの緑着る 千田洋平
みつ豆の今嚙んだのは豆のとこ 西野結子
あざあざと傘差す音の祭かな 弓木あき
シニヨンが電車の窓に触れて霧 吉沢美香
地下通路浴衣にマスクきゃらきゃらと 米 七丸
藪漕ぎの腕に刺さりし夏薊 若井未緒
撮影・鈴木純一「落葉ふむ
誰も死なない映画だった
ね」 ↑
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