2016年7月25日月曜日
石井辰彦「魂は愛国者(ペイトリオット) それよりも大事なとこは無政府主義者(アナーキスト)さ」(『逸げて来る羔羊』)・・・
石井辰彦『逸げてくる羔羊』(書肆山田)、歌集といえば歌集なのだけれど、採用された表記は天地揃い、字間の幅、句読点、またルビ、当初に添えられていたというエピグラフは覚書として投げ込みの付録に収録されるなど、読者は本著を手にとることによってしか味わえない世界がある。
こらされた趣向も、愚生がうまく紹介できようとは思われない。がいくつかの歌を紹介しておきたい。まず本書のなったいきさつについて石井辰彦は「覚書」の冒頭に記している。
十首一連の連作短歌六十編を一巻に集成し、『逸げて來る羔羊』と題して上木す。全ての作品は明治学院大学言語文化研究所の読書会《読む短歌・詠む短歌》において、二〇一〇年五月から一五年一月に掛け、朗読および朗読用テクストというかたちで逓次発表された。巻頭の一篇を除いては、これが印刷媒体での初出となる。然るべき推敲は行ったが、表記法には大略手を加えず、二〇一〇年度から一四年度までの作品を、幾分色調を異にする諷刺詩風の作品も含めて制作順に並べ、年度毎に章を分かった。
開巻第一首は(原歌は一行表記)、
夕暮(ゆふぐれ)の暑きに倦(う)みて(伝来〔でんらい〕の)茶器(ちやき)の冷たき肌膚(はだへ)、を・・・・・ 愛撫(なで)る
章は分かたれたものの、巻尾の一首は、
夕暮(ゆふぐれ)の暑きに倦みて(一心〔いつしん〕に)愛撫(なで)る。 冴えゆくナイフを愛撫(なで)る
劈頭、巻末の歌は対応している。夕暮に愛撫(なで)るものは伝来の茶器の肌膚、それが冴えゆくナイフに変貌する。
帯には「にげてくるこひつじーーそのおののきとあらがい/・・・一匹(イッピキ)の羔羊(こひつじ)が逸(に)げ来る」とある。連作なれどいくつかの歌を単独に、以下に紹介したい。
義(ぎ)に死にし(父祖)の誰彼(だれかれ)・・・・・ 犬死(いぬじに)でなかつた事例(こと)は、稀(すく)なからうぜ
蕃殖(はんしよく)に関与(くわんよ)せぬまま、殉じようーーー 滅亡(ほろ)びゆく惑星の大儀(たいぎ)に
雲に臥す身とこそならめ。世界中(どこもかしこも)汚(けが)れてゐるが
香(カウ)を炷(た)き、雲とはなさむ。 この星の腐敗(フハイ)を(暫〔しま〕し)遅らせるため
終夜(よもすがら)降りしきる、雪。 生きよう、と、思ふ。秘めごとだらけの生(セイ)を
「石井辰彦 歌人。1952年横浜生まれ。連作の構造を視覚面を含めて重視し、句読点の類を多用、古今の文学・芸術からの引用や反響を秘めた、特異な作風を採る」。
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