渡邉樹音句集『琥珀』(深夜叢書社)。平成十五年から平成二十八年までの作品から二百句を収録している。最近の句集の収載句数の多さには少し辟易させられるところがないではないが、本集の二百句はほどよい句数だろう。琥珀色を基調としたシンプルな装幀、その帯に松下カロは収載句の在り様を以下のように記している。
彼女は耳を澄ます。
水音に、産声に、風音に、銃声に、心音に。
すると、琥珀色の言葉たちがいっせいに詠い出す。
珈琲豆も、少年も、薔薇も、マトリョーシカも、
深海魚も、少女も、迷い猫も。
いつまでも無心に。どこまでも虚心の、
渡邊樹音の〈俳句という音楽〉が始まる。
跋は田付賢一。さすがに渡邉樹音が本名(和美)から樹音になるにあたっての来し方を記して、つまり、彼女が十五歳の折りに文芸部顧問を務めていた恩師として、余人に代えがたい愛情ある文を寄せている。また、樹音の青春期の句〈本句集には収められていないが)のいくつかを琥珀として取り出してみせ紹介もしている。例えば次の句である。
オルゴール哀しみを抱く過去を巻く
許されぬ切符を手にし君を待つ
因みに跋は、不肖愚生。ともあれいくつかの句を以下に挙げておきたい。
五線譜がみずうみになる春の昼 樹音
マカロンの空洞八月十五日
五大陸春の鉛筆転がりぬ
囀りや窓際に置くマトリョーシカ
ねずみもち煙り静脈さざなみす
草は実に赤い自転車濡れており
凩や扉の開かぬ天袋
初春のドールハウスを開けておく
渡邉樹音(わたなべ・じゅおん)1960年、東京都生まれ。
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