上野一孝第三句集『迅速』(ふらんす堂)、題名の「迅速」は、
故・森澄雄先生が「石田波郷論」(「寒雷」一九四八年一二月号初出)でお書きになった言葉、
佛教の、或ひは僕等の観念する無常迅速より、本当にやつて來る人生の無常迅速はいつも少しばかり無常迅速なのだ。
から頂戴した。(「後記」)
という。さらに「
ここに集成した作品は二〇〇八年から二〇一八年半ばの間に詠んだものである。冒頭のⅠには、まさしく人生無常迅速を体験した二日間に詠んだ句を置いた」とある。その二日間とは、父の死と、師・森澄雄の死のことである。
二〇一〇年八月十七日 父死す
花木槿今際の言葉などなくて
遺されて母のあふげる天の川
翌十八日 師・森澄雄死す
秋昼寝覚めざるままや失せたまふ
草の花師のあらぬ世のはじまりぬ
自身にも「恙ありて」の前書のある
「杖つかふ虹指すためと言うておき」の句もとどめている。上野一孝は「寒雷」「杉」といわゆる人間探求派の系譜なのだが、今後は「
叙景句を数多く詠んでゆきたいという思ふ」とも記している。
ともあれ、集中からいくつかの句を以下に挙げておきたい。
豊後・大神(おほが)・回天基地跡
春蔭や出撃命令出しまま
いま釣りし鮎を囮に雲流る
午(ひる)よりは植木屋を上げ雪見酒
囀りやいかなる色といふべかり
伯母死す
春の雲になるべく軽き棺かな
神の旅幾柱かは人に憑き
被災地も紛争地も無し絵双六
楤の芽の苦し少年期は遠し
上野一孝(うえの・いっこう)1958年、兵庫県姫路市生まれ。
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