2017年11月14日火曜日
仁智榮坊「戦闘機ばらのある野に逆立ちぬ」(「『京大俳句』を読む会会報」第4号より)・・
「『京大俳句』を読む会 会報」第4号、挟み込まれた「ご挨拶」冒頭に、
(前略)第1回目の「読む会」を開催したのは平成20年7月5日でした。会場は、柿衞文庫に近い伊丹郷町館の2階で、19名の参加がありました。爾来毎月「読む会」を続け108回を越えました。「京大俳句」復刻版全12巻、86冊を読み続けてきました。あと昭和15年1,2月号を読めば一応全冊を読了することになります。プロの研究者ではなく素人でありながら各々課題をもち、毎回レクチャーを決め、担当する者は関連する資料を準備してレクチャーするという形で地道に続けて参りました。その持続を支えたのは「京大俳句」という発表誌に拠りながら、俳句という表現により時代と向き合い、「新興俳句」という新たな自由な表現を追求する個性ある人々の情熱に、私達各々が魅力を感じたからだと思います。(後略)
「京大俳句」を読む会 代表 西田もとつぐ 、編集責任 梶谷予人
と記されている。最後のページにあった「『京大俳句』を読む会 活動記録」(平成二十七年六月~二十九年三月)を見るとさすがに最初の参加人数のほどではないが、常に10人前後の参加者で毎月行われてきたことが知れる。愚生などには到底及ぶべくもない活動というべきだろう。本会報の内容についても、おのおの数十ページを費やす力篇である。目次から、例えば、「人と作品」では、堀本吟「『京大俳句』の仁智栄坊」、西田もとつぐ「桂樟蹊子の決断ー満州俳句への道ー」、梶谷忠大「井上白文地ー鎮魂、異国の地に眠る人へ」、特別寄稿に、樽見博「中西其十の跡」、その他、新谷陽子「満蒙開拓移民と俳句ーその二ー」、綿原芳美「『京大俳句』の読み方」等々である。
ここでは、「豈」の同人でもあり、本誌を贈ってくれた堀本吟の仁智栄坊についての以下の個所のみを引いておきたいと思う。仁智栄坊の俳句について述べた部分である。
(前略)それらを一覧して感じたことは、戦争、反戦或いは厭戦気分が出ている作品でも、栄坊の場合は、他の人達よりは人工的で劇的であることだ。大衆小説のように風俗を大胆に持ち込む。彼も野放図さが時局を軽視侮辱したと言いがかりをつけられそうなところもある。しかし、表現は往々にそういう毒を許すものだと考える。俳句の諧謔精神もまさにそうなのだ。
こう指摘されたのが以下の俳句だ。
戦闘機ばらのある野に逆立ちぬ(「京大俳句」昭和11年1月号)
射撃手のふとうなだれて戦闘機(「同」昭和12年10月号)
哨兵よそなたの嫁は自害して(「同」 〃 )
砲弾ガ風ヲ切ル鶯ヲ探セ(戦線日記)(「同」昭和13年5月号)
リトヴィノフは葡萄酒じやないぞ諸君(「同」昭和13年9月号)
幾山河越え來し馬のもの言はぬ(「同」昭和13年10月号)
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