2018年3月29日木曜日

高山れおな「わが汗の月並臭を好(ハオ)と思ふ」(「『俳誌要覧』2018年」より)・・・



『俳誌要覧』2018年版(東京四季出版)、他の総合誌をもつ出版社もこうした年鑑類をだしているが、『俳句総覧』はどちらかと言えば他誌に比べて若い俳人の俳句に対する認識度がうかがい知れるので、当節は『俳誌要覧』がもっとも読みごたえのある俳句年鑑になっているのではなかろうか。現俳壇状況を知るにはもっとも面白い。本誌では「豈」同人でもある筑紫磐井「俳人子規は漢詩から始まった」と高山れおな「漢詩とマンガと私」が特集「漢詩が読みたい!」に執筆していて、仲間誉めするわけではないが、興味深い。ほかには、日原傳「わたしにとっての漢詩」、小津夜景「恋は深くも浅くもある」。
愚生は、初めて知ったのだが、日原傳は漢詩も創作し、小津夜景は漢詩を超訳し、句作のエスキスにもしているらしい。
 もっとも、いつもながら筑紫磐井の当時の状況に対する該博な知識にも驚かされるが、その結びには、

 これから分かるように子規の前にあらかじめ俳句があったわけではない。詩(漢詩)に行けなかったから、短歌、俳句の道が開かれたのである。渾沌とした詩、和歌、俳諧の関係がこれからの子規の人生を決めていくのである。

と記されている。一方、高山れおなは具体的に句作について、実作的に、次のように契機を明らかにしている。

   我が汗の月並臭を好(ハオ)と思ふ

この「好(ハオ)は、李商隠「楽遊原(らくゆうげん)」の

   夕陽無限好  夕陽(せきよう) 無限に好(よ)し
   只是近黄昏  只(た)だ是(こ)れ 黄昏(こうこん)に近し

が発想源になっている。ただ、それは作り手の事情で、鑑賞に際して原詩の知識が意味をなすケースではあるまいから、狭義の引用にはあたらないかもしれない。
  
ともあれ、愚生の漢詩に関する知識は、恥ずかしながら、高校の教科書に出ていたものくらいであるが、すでにその記憶すら朧であるが、かつて唯一高橋和巳の編纂した?岩波書店のシリーズもので李商隠だったかを・・・。

   上楼迎春新春婦 楼の人いづれの春を迎へたる  小津夜景
   子を生みて闊歩(〇〇)の麒麟水温む      日原 傳



           撮影・葛城綾呂 沈丁花↑

 

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