藤本夕衣第二句集『遠くの声』(ふらんす堂)、帯文は中嶋鬼谷、それには、
掌にみづうみの水なつやすみ
渚に立つ聖女の姿を思わせる一句。
作者の師田中裕明の、
みづうみのみなとのなつのみじかけれ
に和した作であろう。
本句集の作品世界はすずやかで透明であり、いのちの讃歌の一集である。
と惹句されている。集名に因む句は、
野遊の遠くの声に呼ばれけり 夕衣
だろう。著者「あとがき」には、
「ゆう」終刊の一年後には、百句を編んだ『風水』を製本し、身近な方々にお渡ししました。その後は「静かな場所」に参加し、田中裕明の作品と文章に学び、また、綾部仁喜先生と大峯あきら先生のご指導を受けました。仁喜先生には、己の境涯を受け入れ詠み続けることを、あきら先生には、自分を見つめ、季節の言葉の内に生きることを教えていただきました。
とあり、それぞれの師を偲ぶ句が寄せられている。
田中裕明三回忌
ペンの鞘固く閉ぢをり冬木の芽
悼 綾部仁喜先生
寒木にしたしきはこの朝日かな
悼 大峯あきら先生
凍る夜の月の方へと帰りけり
ともあれ、集中よりいくつかの句を以下に挙げておこう。
子どもらにひとだまの出る大枯木
片耳にとばされてゐる雪兎
育つことかなしくもあり初氷
赤き実もにぎる子の手も冷ゆるもの
凍る夜に生まれくるものありにけり
囀や「泣いたつてママこないのよ」
この国の陰に入りゆく冬日かな
あたたかき星に生まれて眠りけり
藤本夕衣(ふじもと・ゆい) 1979年、愛知県出身。
★閑話休題・・・中村安伸「絵硝子に祇園の冬の水あつまる」(「静かな場所」第22号より)・・・
藤本夕衣つながりで「静かな場所」第22号(デザイン・藤本夕衣)。特集は「対中いずみ句集『水瓶』鑑賞」。竹中宏「『水瓶』と蘆と龍」、柳元佑太「水面が写す」、和田悠「発心の一度きり」が執筆している。さすがに竹中宏の作者への檄を含んだ鑑賞の結びは見事であった。
(前略)「いかにして、いつ自分の文体をうちやぶってゆくか」とは、かつて、田中裕明が対中さんに贈ったことばである。俳句への能動的な意志が、俳句の枠をこえるなにかにゆきあたったとき、ひとりで堪えて進むほかはない。
招待作品は中村安伸「延長コード」。以下に、愚生好みに偏するが一人一句を挙げておこう。
みな背負ふ冬青空や坂の町 中村安伸
この年の氷を待たず逝かれけり 対中いずみ
わが影にあつまるものら冬の水 満田春日
水引きし泥に冬日の満ちてきし 森賀まり
顔見世の跳ねて四条の大通 和田 悠
>片耳にとばされてゐる雪兎
返信削除片耳の、では?