春日石疼第一句集『天球儀』(朔出版)、「石疼の願力ー序に代えて」は高野ムツオ。栞文に永瀬十悟「『哀しみの端』を感受する反骨の俳人」、武良竜彦「命から宇宙まで重層的に貫く表現思想」。永瀬十悟は、その人となりについて、
春日石疼氏は医者である。その風貌や人柄から「赤ひげ先生」のようと親しまれている。小説の「赤ひげ」は口数少なく無骨だが、彼はギターを弾き、歌がうまい。フォークソングと酒をこよなく愛し、勤務する診療所のロビーで患者さんや地域の人たちと歌声喫茶を続けている。この人が俳句も上手だったら嫉妬されるだろうが、そう簡単にはいかない。
草朧カラニシコフよりギター抱け
彼とは毎月句会で一緒になるが、お互いしんがりを競う仲で、反省会で気炎をあげる。「俺たちの俳句を理解できる人がいない」と。(中略)
私に春日石疼氏を詠んだ次の句がある。
反戦反核反格差の生身魂なり 十悟
人として生きることと俳句を書くことが一貫していて、様々な社会問題についても直言し行動する。その反骨精神を、私は「生身魂」として敬意の念を抱いている。
と友情熱く記している。本句集の要点をよく言い得ていよう。その社会性の一回性こそは、記憶を記録し歴史に残すために詠まれているのだ。そのことを、武良竜彦は、
句集名の「天球儀」という言葉には俯瞰的な眼差しが込められている。宇宙というこの「天球」を律する命の波動と、その悠久の時の流れの中の「今」を詠むという、春日石疼氏の俳句思想と共鳴する言葉である。
というのである。帯の惹句には、高野ムツオの序から、
本集の句は、人の命を凝視する仕事に携わってきた者のみが言葉で掬いあげることができる世界だ。一句一句の解説は不要。その沈黙に耳を傾け、渾沌へまなざしを向け、人間を含めた森羅万象と、そして、作者の息づかいを合わせればよい。
が抽かれている。ともあれ、集中より、愚生好みの句を以下にいくつか挙げておこう。
晩年は二十歳にも来む銀河の尾 石疼
触れる手に月光の檻天降り来ぬ
溶融の春また忘る百年後
廃炉まで蛍いくたび死にかはる
原発の是非まづ問へよ雪起し
一村は同じ命日春しぐれ
やでやんかやねんそやそやおでん酒
たかが百四十億年星流る
十六の母の眉根と開戦日
天球に逃げ処なし冬すみれ
風花の一片の先づ汚染土へ
蘆の角原発からの風今も
9・11かの日一羽の啄木鳥(けら)たりし
一宇宙一生命体虫の闇
春日石疼(かすが・せきとう) 1954(昭和29)年、大阪市生まれ。
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