「俳句αあるふぁ」2021冬号(毎日新聞社)、新作10句の黛執は、作品下段の小文に、
体調を崩し、いま入院中である。なぜか私は、冬と言えば「京しぐれ」などという言葉とともに京都を思い浮かべる。病間、冬の京の思い出を辿った。(以下略)
とあり、編集部の注に、「黛執氏は十月二十一日、逝去されました、謹んでご冥福をお祈り申し上げます」とあった。病床からの作品である。合掌。時雨は何といっても北山しぐれ、ですよね。そして、本誌には「ご協力御礼と『俳句αあるふぁ』休刊のお知らせ」(上掲写真)が挟まれていた。
(前略)二〇二一年三月十五日発売の春号をもって休刊することになりました。
小誌「俳句αあるふぁ」が一九九二年十一月に創刊して二十八年、季刊俳句誌としてリニューアルしてから、まる三年が過ぎようとしています。
創刊以来、俳句を愛する多くの、皆さまからのご支援、またご寄稿いただきましたおかげで、詩歌の文化創生の担い手としての存在価値を示してくることがかないました。まことに深謝にたえません。(以下略)
愚生にとっては、「俳句αあるふぁ」は、これまで、石寒太あっての誌というイメージがあったので、あるいは、その奮闘の甲斐なくというべきか、最後は、自分で幕引きをするのではないかとばかり思っていたので、俳壇情勢に疎い愚生にとっては、編集長・中島三紀の名はあっても、石寒太の名が見えなかったのが、少し淋しかった。何しろ、忘れがたいのは、「現代俳句」シンポジウムの打ち合わせのために上京した坪内稔典などと共に東中野でお会いした。その時は、寒太ではなく、毎日新聞記者の名刺・石倉昌治だった。40年ほど前のことだ。ともあれ、黛執と同じ、新作10句欄の一人一句と、愚生にとっては、懐かしき馬場駿吉と、そして「豈」同人・なつはづきの句を挙げておきたい。
ぜんざい屋混み合うてゐる片しぐれ 黛 執
椿一輪からだからああ、出てゆかぬ 鳥居真里子
泥よりも昏く牡鹿の立ち上がる 津川絵理子
寒禽は啼かず互ひに向き合はず 馬場駿吉
久女忌やコンパス深く紙を刺し なつはづき
★閑話休題・・・「地球の悲鳴、生きものたちの悲鳴」(「日本野鳥の会」パンフより)・・・
休刊つながりでいうと、日本野鳥の会、季刊機関誌「Toriino」も昨年から休刊中である。日本野鳥の会は、1934年、中西悟堂、北原白秋、戸川秋骨、金田一春彦、窪田空穂、柳田國男などを発起人に「日本野鳥之会」として設立され、すでに85年の歴史があり、現在は公益財団法人である。設立最初は野鳥(やちょう)ではなく「のどり」と言われたそうである。チラシの中身は、いわば、「ご支援願い」、寄付のお願いである。1口1000円の「バードメイト寄付」で口数分のピンバッジがもらえる(フクロウ・スズメ)、とある。愚生はこのクチである。ほかに5000円以上の寄付で「GINZA TANAKA特製「スズメ」のシルバーブローチ。愚生には苦手の「オンライン寄付」からも申し込みができると記してある。
芽夢野うのき「夢こそまこと冬の木のシルエット」↑
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