2020年12月18日金曜日

三橋敏雄「昭和衰へ馬の音する夕べかな」(「WEP俳句通信」119号より)・・・

 

    三橋敏雄『現代俳句辞典第二版』(富士見書房)用 新資料自筆略歴↑

 「WEP俳句通信」119号(ウエップ)、特集Ⅰは「三橋敏雄生誕100年」、内容は、林桂選「三橋敏雄100句選」、論考は、遠山陽子「三橋敏雄の転換願望」、池田澄子「極私的回想ー私淑のち師事」、岸本尚毅「敏雄礼賛」、澤好摩「三橋敏雄断章」、林桂「三橋敏雄論ー伝統と前衛を統ぶ者」、北川美美「カラスアパラタスー鴉を飛び交わせる装置」、生駒大祐「敏雄と戦争」、大井恒行「三橋敏雄、新資料にみえる志」である。それぞれ示唆に富んだ内容であるが、なかでも、岸本尚毅「敏雄礼賛」は、三橋敏雄の無季句のみを俎上にしたもので、結びに、


  無季句は新興俳句の一部である以上に、俳諧の一部であったという重要な事実を、三橋氏は実作を以て示して下さった。その点に対し、尊敬と感謝の念を抱く。


 と記していることに、愚生は納得する。そしてまた、林桂の「三橋敏雄論」において、俳句史のなかに見事に位置づけられているのには、感銘すら覚えた。例えば、戦火想望俳句についての件、

 

(前略)しかし、三橋は作品評価は飽くまで作品そのもののリアリティに求めるべきであることを知っていた。とは言え、それを反証するのには、既に危険な社会状況でもあった。また、戦争映画や戦場小説に基づいての戦火想望俳句が、どれほどの表現たりえていたかという問題もあった。それは前線俳句でも同様なことが言えるだろう。三橋の句も同じ視線にさらされるわけだが、三橋の「いつかは投入されるかもしれぬ戦場」を想望するものであったという関係性は留意しておいてよいだろう。戦火を想望しながら、やがてそれは現実の場となるだろうという痛切な想望でもあったのである。


 あるいはまた、


 (前略)金子兜太や赤尾兜子の無季句とは印象が大きく違う。三橋にとって、無季句は新興俳句に出自をもつ自らの非転向の証明でもあり誇りでもあったが、それを句の中で事立てる趣はない。馴染んでいる。(中略)

 季語が一句の文脈の中で、共示義の機能を担うのであれば、それを担い得ない季語は、免罪符たり得ても真の季語機能を持たないのかもしれない。季語膨張主義は、季語の危機を内包している。有季信奉者の真の敵は、無季にあるのではなく、時に俳句文脈の中で、機能不全に陥りかねない拡張季語にこそあるのかもしれない。

 三橋の俳句は、有季、無季論の外にあって超然としているように見える。季語の有無を唯一無二の俳句判定の基準にしている者は別にして、俳句文脈に即して読んで俳句性を感得するのであれば、三橋の句は誰の句よりも俳句の顔をしている。典型性を備えている。例えば『眞神』を読んでいるとき、季語の有無を問うことを忘れる。そのようなチェックなしに俳句に直に触れている思いに私たちを誘う。ふと気づくと季語のない句であることに驚かされる。


 と述べる。そして、高橋睦郎の言葉を引用している。孫引きになるが、


 「三橋敏雄氏の俳句は、純粋俳句は可能か? という問いの上に成り立っている、というよりも、氏の俳句それじたいが、純粋俳句は可能か? という自問であり、自答である、と思う」「(中略)山口誓子やことに永田耕衣の運動なり生きかたはいつもこれを含んでいたと思うが、私は三橋敏雄氏の作品にはじめてと言っていい明確に自覚されたかたちを見る。私はそれを純粋俳句、または純粋雑詩と呼びたいのである」。


 という。保存版の三橋敏雄特集であると言えよう。ともあれ、以下に、三橋敏雄が、1986(昭61)年66歳のときに、自選した「愛着のある5句」を以下に挙げておこう。


   かもめ来よ天金の書をひらくたび     敏雄

   いつせいに柱の燃ゆる都かな

   鈴に入る玉こそよけれ春のくれ

   昭和衰へ馬の音する夕べかな

   裏富士は鷗を知らず魂まつり


 本誌本号のその他に、林桂の連載⑧「俳句に一欠片(ワンピース)/三つの詞華集ー昭和一五年前後」、筑紫磐井「新しい詩学のはじまり㉘/伝統的社会性俳句⑳ 馬酔木の社会性俳句」もあり、貴重な論である。ここでは、特集Ⅱ「新主宰/新代表 競泳20句」から一人一句を挙げておきたい。


  堆黒ともきざはしの艶秋館       柴田鏡子

  傘寿なほ為すことのあり月天心    蔵田得三郎

  女郎花しづかにほこる草の丈      川上良子

  木道は風の遊び場枯れ尽す       田湯 岬

  月は日を死は綿虫を追ひこせり    鳥居真里子

  地を跳ねる踊りや月の煌々と     山田真砂年

  腕白のままの心や荻の風        和田洋文

  赤のままむかしがそつとそこにある   依田善朗



                 撮影・鈴木純一↑

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