2015年1月27日火曜日
「真の芸術はやがて真の自由主義に胚胎する」・・・3
タイトルの言葉は「風」創刊号(昭和12年5月1日・風発行所)の創刊の辞の一節だ。戦前発行の「風」である(創刊・昭和21年5月、石川県金沢から澤木欣一編集発行の誌とは別の誌)。
最後の結びを以下に記す。
大志細心、昭和俳句確立のためにはわれらはただ邁進の一途あるのみ。時まさに五月、郭公暁天を浩ぐるのとき『風』はいま漂漂颯颯と出発する。文神まなこあらば幸に祝福を垂れたまへ。
昭和十二年春
小 澤 蘭 雨
小 澤 青柚子
渡 邊 白 泉
小 西 兼 尾
熊 倉 啓 之
櫻 井 武 司
創刊同人は14人である。編集後記の署名は(白)とあるから渡邊白泉(編集人・渡邊威徳)である。発行人は小澤秀雄(青柚子の本名)。その編集後記の終りに、
鳳作へ一部贈ることにした。好晴の日一冊を灰にして青柚子と僕と二人の手から風船とともに天上せしめる手筈になつてゐる。(白)
いかにも美しい仕儀である。前年の9月17日に鳳作篠原は帰天しているのだ。享年31。
勤務先東京堂で三橋敏雄を業務命令のごとく俳句会に引き込んだ、「風」同人・渡邊保夫の推挙もあって、三橋敏雄は三号(昭和12年8月)より「風」同人となった。「ある遺作展」と題して12句を発表している。敏雄17歳。
ある遺作展 三橋敏雄
遺作展階を三階にのぼりつめ
遺作展南なる窓ひとつ閉づ
帽黒き人と見たりし遺作展
遺作展階下ましろく驟雨去る
動物園
園茂り午後のジラフの瞳を感ず
人間や河馬の檻には立ち笑へり
ふきあげの見えゐる象の後足なり
〇
招魂祭とほく来りし貌とあり
花火の夜椅子折りたたみゐし男
指先の風にとまりし悍馬なり
回転ドアめぐればひとがひかりゆき
ちなみに、遺作展の最初の三句は、三橋敏雄句集『太古』に収録されている。「ふきあげ」はママ。「招魂祭」は「顔と遭ふ」と改作(『太古』には「靖国神社」の詞書で収載)、「花火の夜」の句はママで『青の中』に収載されている。また、10句目「悍馬なり」の上五・中七は改作され「八階に真昼見おろす悍馬なり」となっている。
霜畑↑
*閑話休題
昨年10月、このブログに、当時の雑誌に発表された三橋少年時代からの句の覚書のようなものを記録しておこうと始めたのだが、私事多忙を極めて2回で中断していたものを、何とか少しづつでも継続したいと思い、再び、その時間を作り出したいと思って再開した。
モグラの盛り土↑
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