「風」第七号↑
「風」は第7号で終刊する(昭和13年4月20日発行)。そのまま「廣場」に移行、創刊される。その終刊号に三橋敏雄は「戦争」57句を一挙発表する。同号には渡邊白泉の高名な句、「銃後と言ふ不思議な街を岡で見た」「遠い馬僕見て嘶(な)いた僕も泣いた」「海坊主綿屋の奥に立つてゐた」など「車輪」14句を発表している。
また「風」終刊後記に、白泉は以下のように記した。
巻頭、三橋敏雄君の「戦争」五十余句は大勉強である。若いから、お年寄りだからといふ条件を芸術の世界で云為することは無意味なことでしかないが、この二十歳に満たない青少作家の将来はわれわれの注目に値する。この稚い混沌のなかには少なからぬ金純分量がふくまれてゐると思ふ。慢心と自恃とを混同せず、あくまで粘り強い根気を徑とし、若々しい才気を緯として精進して行ったら、素晴らしい作家ちなるにちがひない。
戦争 三橋敏雄
1
迷彩貨車赤き日出をよぎり過ぎる 『弾道』所収
ここだ照る迷彩列車はゆき戻らず 〃
迷彩貨車車輪をも妖(あや)にいろどれる 〃 (・・・妖にいろどれる)
房暗し迷彩を貨車の外にせり 〃
迷彩貨車に日を見ずてゆく兵寝たり 〃
2
緑陰に酒を飲むべし若き兵 〃
若き兵その身香し戦(いくさ)の前 〃 (・・・戦の前)
総て軍馬臀立て憩ひ繋ぎある 以下掲載句は総て『弾道』所収
竝びては立てし銃口を支へ立つ
鉄兜樹間にかむり鬱と立つ
3
酒を飲み酔ふに至らざる突撃
射ち来たる弾道見えずとも低し
砲音のわたるを背後より聞けり
熱き風鋼管に湧けり湧きつづく
好晴の野戦の弾に中るべき
鉄兜頭蓋を隠し更に射たる
熱き掌に射ち乾らびたる銃のあり
4
獄々(やまやま)の立ち向ふ獄(やま)を射ちまくる
機関銃獄の斜面に射ちさだまる
獄を攻む小銃腕にほのけぶり
獄を攀ぢ射たれたり転げ落ち怒(いか)る
獄を撃ち砲音を谿に奔らする
5
砲撃てり見えざるものを木々を撃つ
そらを撃ち野砲砲身あとずさる
撃ちつげる砲音の在処(ありか)おなじならず
6
暁の敵前渡河の天(そら)をいかる
弾に撃たれ河幅流れつつ漲る
河の天(そら)故に砲声も流れ冷ゆ
7
戦車部隊日のもとに現(あ)れ地を覆ふ 〃 (・・現れ・・)
戦車ゆく無限軌道は鳴りたるみ
戦車ゆきがりがりと地を掻きすすむ
喬き日に戦車かならず灼け転ぶ
8
散兵壕曲折あれば陰も照る
塹壕に支那の活字の書を瞥す
塹壕に硬き底ぞも踏まれある
夜も赤き塹壕に身を落し寝る
塹壕の夜も土匂ひ兵ねむる
9
機関銃黒し街区にしづみゆき
窓の下機関銃手となり潜む
機関銃隠れ噴きつつ月落ちたり
機関銃射手駈け出でて持ちすすむ
舗装路を匐ひ移りつつ射ちつくす
10
戦争の路地づたいゆき角に照る
戦争の街区に見られ海たひら
あを海へ煉瓦の壁が撃ち抜かれ
商館に銃火あふるる窓あり扉あり
夜目に燃え商館の内撃たれたり
照明弾厦の高低を照らし降(ふ)りぬ 〃 (・・・降りぬ)
壁厚く弾痕の各々に月出たり
11
壁残り厦のかたちは撃たれ立つ
壁の街窓立ち残りたるままに
壁の街硝煙匂ひ眼には見えず
12
戦友の血飛沫(しぶき)を見る火線なり 〃 (・・血飛沫・・・)
火線構成昼の銃火は見えはしる
撃ち挟まれ徒(あだ)に鉄条網曇る 〃 (・・徒に・・)
鉄条網これの前後に血流れたり
鉄の兵器彼我に忽ち燃えのこる
「戦争」57句は、約二か月後、「サンデー毎日」(昭和13年6月26日号)に於いて、山口誓子は、
(1)こヽに挙げたものは総て無季作品であるが、かういふ無季作品を見てゐると、季といふ観念に捉はれないといふやうな消極的な意味においてゞなく、季といふ観念を全く漂白し去つたといふ潔い感じがする。これは戦争を戦争の裡に見ようとする絶対的な立場からは当然なことである。前線無季俳句はこヽまで行かないと嘘である。
(2)私は主義として無季作品を作らないけれど、もしかりに無季作品を作るとすればかういう方向のものを作るのではないかといふ気がする。
と述べた上で「私はこの無季作品に近親さを感ずるのである」と激賞したのであった。それもそのはずである。18歳の三橋敏雄は「私は、なけなしの想像力を以て、競ひ応へやうと決意したものだ。表現の外形には、当面の鼓吹者、山口誓子の方法を借りる事とした。既に、山口誓子俳句の表現様式の典型は樹立されてゐたからである」(『弾道』後記)と、誓子の方法を自家薬篭中のものとしようとして試みていたのである。
モミジバスズカケ↑
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