2016年5月10日火曜日
花谷清「春昼へ引きし扉を押して出る」(「藍」499号)・・・
「藍」499号には、冒頭、「創刊四十三周年を迎えて」と題して、花谷清は以下のように言挙げしている。
日野草城は「俳句は東洋の真珠である」との名言を残してします。自らが生かされている瞬間を、真珠のように輝く作品として結晶できるのは、俳句の素晴らしい特徴です。作句の継続と発表が「生きるよろこび」へ繋がれば、与えられた日々を希望と充実をもって営めるのではないでしょうか。藍俳句会が、ここに集うひとにとって、俳句を学ぶよき場となるのを願っています。
つい先年、母・花谷和子から「藍」を継承し、その発展に心を砕いている様子がよく伺える。和田悟朗の晩年に私淑とも思われる敬慕をもっていた花谷清である。その昔、もう半世紀ほどににもなるのだろうか。今は手元ですぐには探せないが、坪内稔典らと共に「日時計」に居たのではなかろうか(坪内稔典は元はといえば草城直系・伊丹三樹彦の「青玄」にいたのであるから、あながち無縁ではない)。その青年も、いま日野草城の系譜をひく「藍」に身魂を注いでいるのだから、感慨も湧くというものである。とはいえ、辛口で、あえて申せば、愛息・清は、美しき母、名誉主宰・和子の深境に、いまだ届かずというところか。年齢と経験の厚みの差といえばそうかも知れない。今号も花谷和子作品は冴えている。
春宵は千金あした考えよう 和子
青芝やいつしか昭和の子供老い
〈二千六百年記念橿原神宮学徒勤労奉仕〉
共にせし学徒奉仕の森繁り
「藍」は昭和48年7月花谷和子が創刊。師系は日野草城。「個々の作風を尊重、生きる歓びのための俳句をめざす」という。
第36回「藍」賞は、加藤類子。
砂動く地下湧水の噴かんとし 類子
高原を倦みし少女に竹煮草
砥石干す木枯強き日の真昼
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