榎本好宏第11句集『花合歓』(樹芸書房)、著者「あとがき」に、
かつて吾が家の庭に、樹齢四十年の合歓の木があった。東京駅にあるデパートの屋上で買った十センチほどの苗木を育てたもので、その花を振り返ると、吾が生涯の半分ほどと重なってくる。 昨年出版した『季語別榎本好宏全句集』にも合歓の句が多く入っているが、中にはこんな一句もある。(中略)
五十歳少々で早逝した家内の思い出の句も入れてある。
髪切りて花見に来ませ合歓のころ
がそうで、合歓の咲く、六、七月ごろ、夏向きに髪を切って、「花見に戻っていらっしゃい」と黄泉の家内に呼び掛けた一句である。
少々哲理めいた一句だが、こんな一句も混じっている。
合歓の花見上げて遺書を書くつもり
十数年前の作品だから面映ゆいが、一句に貫通するところに変わりない。それ故、今句集のタイトルに「花合歓」を据えてみた。
とあった。また、自書の帯文には、
昨夜亰に今宵大阪祭り鱧
吟行好きに辛いことだが、ここ三、四年体調を崩したこともあってか、『花合歓』には吟行句が少ない。掲出の「祭り鱧」の一句も言ってみれば、過去の回想から出来た作品。私の分類では、これも吟行句になる。
と記されている。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。
屋根葺きもお薄の席に招ばれけり 好宏
悼
引鶴の羽音のやうに兜太逝く
合歓に花一人にさせて下されよ
神の在(ま)す仏の坐(いま)す夏木立
春日傘すぼめて花を払ひけり
戦なき世とな思ひそ若楓
砂日傘ひとつ畳めばつぎつぎに
瀬の音を言祝ぐやうに合歓の花
歌のやにこよなく晴れし長崎忌
柿に色呪文のやうにありがたう
悼
汝の記憶横顔ばかり桜守
桜花ひとつ赦してみな赦す
ますらをに突かせ下され心太
人の世に急ぐことあり合歓の花
十二月八日この日を忘れさう
榎本好宏(えのもと・よしひろ) 1937年、東京生まれ。
撮影・中西ひろ美「名を伏せて二十日の月を待つ今宵」↑
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