小田島渚第一句集『羽化の街』(現代俳句協会)、序は、高野ムツオ。栞は小林恭二「芋虫の咆哮」と穂村弘「幻視のリアリティー」。小林恭二は、
もう四十年以上前の話になるが、俳人の澤好摩さんのお宅によく転がりこんでいた。澤さん宅で希少な句集を読むのが何より愉しみだった。ある夜、澤さんが「もう残り少ないんけどといいながら処女句集をくれた。そのとき扉の部分に「小林恭二君 旅立ちのマストにこんな風鳴るとは」と揮毫してくれた。(中略)
今回、小田島渚さんの句集『羽化の街』を開くと劈頭、
荒東風に斧研がれ旅立つは今
という句が目に飛び込んできた。俳句に対する初々しい決意を表明した句で、処女句集の巻頭に相応しい。同時に野心的な俳人はいつの時代でも変わらぬ思いを抱くのだなと、妙に納得させられた。
とあった。そうです、小林恭二は、当時20歳代を中心とした、れっきとした俳句同人誌「未定」の同人でありました。発行所は確か澤好摩宅でした。また、穂村弘は、
(前略)日本語しか話せず海市さまよへり
不思議な句ですね。「芋虫」に「咆哮」があるのに、自分は「日本語しか話せず」、そのまま「海市」をさまよっている。目眩く不安感。でも、じゃあ、「海市」では何語が話せたらいいのでしょう。わからない。夢の中のような奇妙な思い込みと世界の崩壊感覚に魅了されました。
と述べている。そして、高野ムツオは、
黄水仙こゑ嗄るるまで語り継ぐ
髪洗ふたび三月の雪が降る
五月鯉の目玉の中に津波まだ
などの大震災の悲劇をきっかけとした幻視は、作者の社会的批評眼の確かさを示し
微動だにせぬ寒卵割りて呑む
日輪のほどけし南瓜スープかな
子猫から子猫分裂したような
などは、作者の発想の柔軟さと詩性の豊かさを雄弁に物語っている。現代俳句はまたしても一人の新しい才能を得たのである。
と称揚している。2009年から2022年までの306句を収める。集名に因む句は、
白南風や軋む音して羽化の街 渚
である。著者「あとがき」の中には、
世界を言葉にしたがゆえに言葉の隙間からその多くがすり抜けてしまいます。それでも言葉と向き合うのは、有限の命を持つ者の無限に触れたいという欲望があるからかもしれません。
新人賞受賞を糧に、これからも俳句の高みを目指して邁進していきたいと思います。
とあった。ともあれ、愚性好みに偏するが、他のいくつかの句を挙げておきたい。
緑蔭やどのくちびるも開かれず
なだれ込む軍靴夜明けの曼珠沙華
芋虫に咆哮といふ姿あり
白鳥は悲恋を喉に詰まらせて
ラムネ玉いつも誰かとゐて淋し
冬麗やならぶ椅子みな前を向く
遠足のひとりは誰も知らない子
もう住めぬ美しき村虫鳴けり
囀れり壁に塗り込められし鳥
舞ひ終へて影らかたまり夜の蛇藤
背中にも目のある巨人青嵐
小田島渚(おだしま・なぎさ) 1973年、宮城県仙台市生まれ。
撮影・中西ひろ美「とりあえず今晴れている寒の入」↑