2015年10月31日土曜日

蒼馬「気象台まで登り来る冬薔薇」(卯波句会俳句展)・・・


卯波の模型↑



愚生は、持病の漢方煎じ薬をもらいにハロウインの街、渋谷に出た。いつも一時間ほどは待たされるので、ついでと言っては恐縮だが、その時間を利用して、卯波句会俳句展(10月31日~11月1日)、於・ギャラリー楽水を見るために神楽坂まで行った。場所は新潮社のちょうど裏、もちろんギャラリー楽水からすれば、新潮社の方が裏というわけであるが・・。
若い人が多いらしく、俳句を見せるというよりも、楽しみ方をいろいろ見せているという展示である。
例えば、QRコードで読み取ると一句が記されてあったり(愚生は、教えてもらいながら、初めて自らのらくらくホンで実験)、ブラックライトで短冊の文字が浮き上がってきたり、ジオラマの中の句碑は拡大鏡でなければ見られなかったり、様々な楽しむための工夫が施されれいた。
蒼馬こと堺谷真人に卯波句会事務局の俳号・詩門(小山田幸雄)を紹介された。卯波の店の模型や貝合わせ、などはその御仁の製作だった。
夕刻には五島高資が来訪する予定になっているとか・・・。
残す一日の明日、興味のある方は是非、出かけて見られたい。
出展句数は総数125句。

  ふつふつと乾麺を茹で薄暑かな     今田宗男(田宗)
  木枯を満載にして貨車過ぎる         五六歩
  無き乳房母にも告げず障子貼る        唯我
  夕時雨また一葉と庭をうめ            詩門
  神主の祝詞とぎれし初日の出          風波
  雪女郎ぽとりと落とす体温計           貫之
  髪固く結ふ朝の来て水仙花           櫻子
  七草を言えてしたりの四年生          よしゆき
  みつめてもだまったままのキリギリス       早桃
  卯波立つ灯台守の絶えてなほ         古蝶
  啓蟄の隙間に銅貨落としけり          蒼馬 
  首筋の痣を隠して小望月            宏子
  お旅所の暗がり覗く修司の忌          北江



                      カツラ↑

2015年10月30日金曜日

『古沢太穂全集 補遺 戦後俳句の社会史』(新俳句人連盟)・・・



大冊の『古沢太穂全集 補遺』(新俳句人連盟)である。A5判、900ページ余の厚みがある。二年前の2013年に古沢太穂生誕100年を記念して刊行された『古沢太穂全集』に収めきれなかった座談会の記録や散文を収めている。巻頭は「展望 その似て非なるもの」1949年5月「俳句人」の「あざみ」4月号の評から始まっている。当然と言えば当然なのだが、最後は古沢太穂追悼で締められている。亡くなったのは2000年3月2日、享年86。
その時はまだ健在だった(数年前より消息不明)谷山花猿は、その追悼文のなかで、古沢太穂について、

 作品には、社会的現実を批判的に詠むものが若い時には目立ったが、高齢化にともない集会やデモに出掛けられなくなると、おだやかな抒情句の比重が高まった。
 無理して虚勢を張ったような句は避けており、おのずからうまれでる詩情に任せ、「自然流」をもって俳句の心情としていた。弟子たちの上辺だけ勇ましいスローガンめく句は容赦なく切り捨てられ、批判された。粗雑な観念的な「社会批判」は許されなかったのである。(中略)
日本社会の革新を願いつつ、抒情的なリアリズム俳句を詠んだ太穂は、戦後社会性俳句の巨匠として記憶されるに違いない。

と述べている。太穂の絶句は、

    神通(じんずう)川音いつか瞼の枯れの音         太穂

この『古沢太穂全集』と『古沢太穂全集 補遺』の刊行に尽力した新俳句人連盟は来春創立70周年を迎えるという。文字通り戦後俳句の歴史の一端を担い、その評価を思えば、日本の社会を見つめ、戦い抜いてきた時間の在り様が感じられる。



2015年10月29日木曜日

銀座「春画」展(永井画廊・監修石上阿希)・・・


                     永井画廊 5F 春画展

銀座永井画廊(4・5・8F)で開催されている(~12月23日迄)銀座「春画」展の主な内容は、案内チラシを引用すると「春画を見る、艶本を読む」と葛飾北斎の作画による二人の女性の性遍歴を滑稽なほどの物語に仕立てた「『萬福和合神』の世界」である。会場は、まだ、愚生は見ていないが大混雑らしい永青文庫「春画展」とは大いに違い(たぶん、規模も違うだろうが、それにしても、ぞろぞろ大勢で春画を眺める光景を想像すると少しばかりぞっとしないでもない)、空いていてゆったり鑑賞し、タブレットを操作するとゆっくり本が読めるのである。5Fは写真撮影もOK.。
それと江戸時代を含めて、やはりというべきか権力者の側からは、常に弾圧の対象であったことも歴史的事実として紹介されている。
また、当時の性具(陰陽瑞喜・女嶋互形・小乙女針形・薬の香閨不老丸・お香など)の図なども民俗としての興味も湧こうというものである。
この春画展の主催は銀座「春画」展実行委員会、監修は石上阿希(国際日本文化センター特任教授)、企画協力に浦上蒼穹堂・立命館大学アート・リサーチセンター・立命館大学細井研究室。
また、巷では、永青文庫「春画展」に関わる週刊誌のグラビア記事の掲載などを巡って、警察から要請が来ている週刊誌も数誌あって、週刊文春の編集長の休養までが報道されている。
春画・艶本の類は江戸時代も今も表向きの社会からは排除されてきたことは事実であろう。
かつて、芸術こそ猥褻だという言があったが、それで何がいけないのだろうか。



2015年10月28日水曜日

島一木「教会といふ薄明に月を置く」(『都市群像』)・・・



島一木句集『都市群像』(まろうど社)は、扉裏に「聖ヨゼフに捧ぐ」と記されている。
そういえば、彼はクリスチャンだったと記憶がよみがえる。かつては「豈」同人であった時期もある。
が、最近は、愚生との音信が絶えていた。
大阪に住んでいた彼は、阪神淡路大震災の時は、毎日ボランティアで、くたくたにになってひたすら眠りにつくのみ、俳句なんて全くできません、という便りを寄越していた。
その後、俳句をやめたのかと思っていたけど、まだまだ健在のようだ。
第一句集『青春譜)以後の1999年から2005年にかけての7年間の作だという。散文もいくつか収められている。その中での彼の俳句観は以下のようなもの。

イメージ多面体としての俳句xは最初からそのことを前提として作られ、さらにその効果を最大限に活かすことに重点が置かれる。ミラーボールやプリズム、あるいはカッティングされたダイヤモンドがいろいろな方向へ光線を反射し屈折させるように、イメージ多面体としての俳句xはイメージを反射して屈折させる。

著者略歴も何もないので、愚生よりは十歳くらい若いのではないかと思うが、杳として不明である。その昔、彼が東京在住の時は、俳句文学館に毎日開館から閉館まで通っていたという伝説がある。
いくつか句を挙げておこう

  身に入むや人殺されぬ日のなきは      一木
  オリーブもポパイも昔ははうれん草
  虫鳴けり無言電話の向かうにも
  一日はひとつの祈り雪のあと
  ひとに会へざりき菖蒲湯につかりけり
  しやぼん玉あがれば空の映るはず 




2015年10月27日火曜日

井口時男「セシウムをめくれば闇の逆(さか)紅葉」(『天來の獨樂』)・・・



掲出の句には以下の前書きが付されている。

 原発事故によつて放射能汚染された土地では除染のために表土を剥ぎ取る。一面の紅葉の中、削り取った汚染表土を入れた何百個もの黒い袋が至る所に野積みになつてゐる。〔福島県相馬郡飯館村〕

     セシウムをめくれば闇の逆(さか)紅葉      時男

この句の前の句は、

  「原子の火」こぼれてセイタカアワダチサウ


井口時男句集『天來の獨樂』(深夜叢書社)、句のほかに随想を収める。跋文「天來の獨樂」に寄せては吉田文憲、室井光広。これら、本書に収められた散文を読めば、井口時男のおおよそが知れる構成となっている。とりわけ、著者「随想」の「突つ立ち並ぶ葱坊主ー俳句的日常」には自句自解の要素が窺われ、井口時男の出自が了解できよう。同時収載の「光部美千代さんを悼む」にはその出会いと光部美千代の句を紹介し、著者の批評家としての眼差しと熱い心情が伝わる。
光部美千代は昨年の「鷹」50周年の「鷹の百人」にも「写実を超えて」の題で紹介されている。50歳代後半、まだ若い命を失った俳人である。その才能を惜しんでいるのだ。
ともあれ、著者の俳句観と思われる部分を以下に紹介し、いくつかの句を挙げておこう。

 こうして私は、俳句が詩を羨望することの必然性と俳句が詩になることの不可能性とを、同時に知ったのだった。「現代の」表現として、俳句は詩を志向しなければならない。しかし、俳句は詩を志向してはならない、ということだ。これが「現代の」俳句を拘束するダブルバインドなのだ、と私は思った。
                                      二〇一五年記「てんでんこ」七号

  
  わらわらと抱かれ曳かれて春の犬
  天皇(すめろぎ)老いし日や襯衣(シャツ)の襟垢染みぬ
    七月二十八日午前零時三十八分祖母死去
  短夜を腰の伸びたる仏かな
  口寄せを了へてイタコは腰を伸(の)
  刑務官ら破顔(わら)へり若き父親(ちち)なれば

井口時男(いぐち・ときお) 1953年新潟県生まれ。


                               ツワブキ↑

2015年10月25日日曜日

藤田隆雄「日の丸のその真ン中が爆心地」(第52回現代俳句全国大会賞)・・




               現代俳句協会賞受賞の渡辺誠一郎と寺井谷子氏↑

昨夜は、第52回現代俳句大会の懇親会に上野東天紅に出かけた。
大会三賞は、

  日の丸のその真ン中が爆心地    藤田隆雄(大会賞)
  朝顔やみんな大人になつた家    永野照子(大会賞)
  道おしへその先戦場かも知れず   柏原才子(毎日新聞社賞)

同時に、第70回現代俳句協会賞・渡辺誠一郎、第35回現代俳句評論賞・高野公一、第33回現代俳句新人賞・瀬戸優理子・山岸由佳、第16回現代俳句協会年度作品賞・前田典子などの表彰が行われた。

懇親会は意外と早い中締めとなり、ふらんす堂の山岡女史と久しぶりにお茶を飲んでよもやま話をした。



                    岸本悟明氏↑

閑話休題・・

35年ぶりなるだろうか、愚生は本屋に勤めていた関係で、かつて吉祥寺駅前にあったベル・エポックというシャンソニエに定期的に週刊誌などを届けていた。そこで幾人かのシャンソン歌手と知り合った。急な誘いであったが、俳句大会懇親会の前に、あまりの懐かしさに顔を出すことにした。
場所は、東中野の喫茶店を会場にして「カフェドリヨンコンサート」と名付けられ、シャンソン教室の方々も出演されていた。その店のオーナーが歌手・浦ひろみ。愚生の旧知だったのは岸本悟明・石橋美和。来る11月28日(土)には下田ビューホテルで石橋美和・岸本悟明ジョイントコンサート、また岸本悟明は、11月6日(金)にシャンソンフェステバルイン小金井を小金井宮地楽器ホールで、また、12月19日(土)には第16回目となるデイナーショーを椿山荘でやるという。久しぶりに二人の歌を堪能した。


                                       カラスウリの実↑

2015年10月23日金曜日

田宮尚樹「遅き日の山羊皮綴ぢの小句集」(『龍の玉』)・・



田宮尚樹句集『龍の玉』(ふらんす堂)。
句集名は「一昨日も昨日も月夜龍の玉」から・・。著者第二句集。
作者は昭和19年、愛媛県生まれ。坪内稔典と同じである。
略歴に昭和42年に「天狼」入会、その後昭和46年に「草苑」、さらに「雲母」入会とあるが、「雲母」「草苑」も終刊している。現在、「もちの木」俳句会主宰。
帯文に「私が俳句を作るのはものを見て作らずには居られない衝動にかられるときである」とあるから、
なかなか感動できない愚生などには、羨ましいというべきだろう。
ともあれ、いくつかの句を挙げておこう。

   糸桜日月空に入れ代はる        尚樹
   木のこころ溢れてしだれかな
   酩妙淼々と南溟ありぬ敗戦日
   滝枯れて滝の高さの残りけり
   柘榴裂けて天地離れてゆくばかり
   遅き日の山羊皮綴じの小句集

それにしても、近年の新刊では、山羊皮綴じなどはもちろん、とにかく背皮装の句集や本はとんと見かけなくなった。愚生の若いころは、必ずごく少部数の特装本が作られたものだが・・・



                     サボテンの花↑