2021年9月23日木曜日

加藤又三郎「天高しついに語らぬ死刑囚」(『森』)・・・


 加藤又三郎『森』(邑書林)、表紙挿画は著者。序は小川軽舟、その中に、


(前略) ラジオよりニートの持論春の昼

      年札や浄瑠璃坂の上の月

     春月や斧の重さの赤ん坊

     南極に氷崩るる日傘かな

 ニートにはニートの言い分がある。帰属する社会の論理と、そこから疎外された同世代の主張。作者の心はその間を揺れ動く。

 浄瑠璃坂は江戸時代の仇討ちで知られる。年始回りに見上げる月は清らかだが、下界にはかすかに血の匂いが残る。赤ん坊を待つ禍々しい運命を予言するかのよう。

 地球温暖化の事象として、南極の氷が崩れ落ちる映像はテレビで何度も見ている。そこに眼前の日傘をコラージュしたさりげないメッセージ。一人の人間としてできるのは日傘で自分のための日影を作ることくらいのことだと言うのだ。(中略)

 「意味ばかりの言葉から離れたくなると、ひとりで森に向かいます」ー鷹同人になった挨拶に、又三郎はこう記している。(以下略)


 集中、集名に因む句はいくつかある。


    囀や頭の中も外も森

    八月の森に錨を下ろしけり

    青空の匂いの森をぬけて冬

    森の樹の直立寒気来たりけり

    更待や森の奥処に鳥の声


ともあれ、集中、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。


    虫の音はかえす言葉の浮かぶまで

    廃駅は日と綿虫のただなかに

    一人なり一匹の蟻追うときは

    記憶より緩やかな坂木の芽雨

    茅花流しそう幾つもの帰路はなし

    七月や鳥入れ替わる避雷針

    どの舟もひとり無月の潮流れ

    交番の白き沈黙クリスマス

    日盛や首に巻き付く社員証

    傷付けず傷付かず秋立ちにけり

    雪吊をひとりくぐる子その子われ


  加藤又三郎(かとう・またさぶろう) 1977年、千葉県松戸市生まれ。



     撮影・中西ひろ美「烈日をからくも逃げぬ飛蝗かな」↑

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