2019年7月1日月曜日

乾佐伎「泣いてた過去を流れる星がノックした」(『未来一滴』)・・


  
 乾佐伎第一句集『未来一滴』(コールサック社)、集名に因む句は、

  さよならのコーヒー未来は一滴から   佐伎

 だろう。帯文は鈴木比佐雄。解説は鈴木光影「俳句の未来へ、命がけの跳躍をする新世代の俳人ー乾佐伎第一句集『未来一滴』に寄せて」。それには、

  観覧車私は俳句を追いかける

 巻末のこの一句からは、「追いかける」ことこそが俳句であるという動的な俳句観が窺える。単に客観的な立場から俳句とは何かを探し「追いかける」。その姿勢には、人生と俳句を一致させたところから言葉を生み出す乾氏の、誠実で、自由で、必死の俳句観がある。そのような「命がけの跳躍」によって、俳句だからこそ到達できる真実へとタッチし、まだ見ぬ未来へと昇っていく「観覧車」に自らを乗せてゆく。

 とあった。掲句の「未来は一滴から」の句に、愚生は、どこかで乾佐伎の名に聞き覚えがあるような気がした。そして、即座に思い出したのが、

  未来より滝を吹き割る風来たる  夏石番矢  

 の句だった。解説にも、著者略歴にも記されていないが、確かに愚生のなかで、乾佐伎は、夏石番矢・鎌倉佐弓の息女だという記憶であった。
 父や母を詠んだ句も微笑ましい。俳人である父と母が未踏の道を追い求め、突き進んでいるという、その思いは、たしかに乾佐伎のなかにとどめられているようだ。

  冬北斗父母作る細い道      佐伎
  
 じつに、そうだと思った。ともあれ、いくつかの句を以下に挙げておこう。

  寒昴感じるための別れです
  ローソクに火を君の明日に光
  雪に眠る小石は母に甘えたい
  どこまでも行きたいウサギは雪になる
  鶯や冬のぬけがら食べて鳴く
  春の闇笑う小人は何人か
  薔薇の赤寂しさからは逃げられぬ
  朝焼けを空に還して鳥の声
  黒葡萄最後の一つはきっと雨
  善い人になりたい林檎はただ赤い
  金木犀の香を食べたいか猫が鳴く
  
 乾佐伎(いぬい・さき) 1990年 東京都生まれ。





★閑話休題・・黒田杏子「戦争は終わつたのです青螢」(「祭演」NO.56より)・・


 自由句会誌「祭演」56号(ムニ工房)、本誌の刊行に関する実務のほとんどを「豈」同人でもある森須蘭が尽力しているようである。今号の特別招待席は黒田杏子、招待席は今井豊。「藍生」主宰とその弟子である。本号より、その二人と「豈」つながりの俳人に限って、以下に句を挙げておこう。

   螢火や兄弟姉妹ちちとはは      黒田杏子
   たけなはの春橋梁に渦なせり     今井 豊
   菜の花の色って説得力なんです    宮崎斗士
   パセリ噛む背中うっすらしている日  森須 蘭
   変身のための空間飛花落花     杉本青三郎
   葉桜を仰ぐキャッチャーミットより  伊東裕起
   Y字路の右も左も盆の月       成宮 颯
     



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