2016年2月5日金曜日

田中淑恵「自分の流儀で愛してきた」(『本の夢 小さな本の夢』)・・・



田中淑恵は装丁家である。掌サイズの豆本を創る人でもある。
愚生は以前から、田中淑恵の装丁のセンスに魅かれることがあった。
その見事な仕事の数々は中学生の時に、自分だけの手のひらサイズの詩集を作ったことに始まっている。
羨ましいほどの人との良い出会いを糧として生きている。
本著『本の夢 小さな夢の本』(芸術新聞社)を読むと、それが一本の道だったように思われる。
福永武彦夫妻や諏訪優、また三井葉子、寺山修司、久世光彦等の巡り合う人々のことなど、実に豊かだ。
豆本の仕事、装丁の仕事にも感心するが、何よりもその文章に説得力がある。
珠玉の言葉に満ち溢れていると言ってもさほど間違ってはいないだろう。
田中淑恵の「忘れえぬ物語 偏愛する詩人たち」は、愚生にはさらに興味深い。「偏愛する歌人は、後鳥羽上皇主催の五百番歌合でデヴューし夭折した若草の宮内卿。詩人は大手拓次、尹東柱(ユンドンジュ、広津里香、高祖保、吉田一穂、坂本越郎、伊藤海彦、ルミ・ド・グウルモン・・・・(中略)好きな作家は、筆頭がテオフィル・ゴーティエ・・・(略)」と来るだけでも目がくらむ。
何しろ、大手拓次はかつて愚生はその薔薇連禱に魅せられたし、尹東柱には、学芸大で開かれた記念の集会にも参加したことがある(もっとも、遠い昔の話だが・・)。その尹東柱の『星うたう詩人』(三五館)は田中淑恵の装丁だったという。尹東柱の序詩に、

   死ぬ日まで空を仰ぎ
   一点の恥辱(はじ)なきことを、葉あいにそよぐ風にも
   私は心痛んだ。
   星をうたう心で
   生きとし生けるものをいとおしまねば
   そしてわたしに与えられた道を
   歩みゆかねば。

   今宵も星が風に吹きさらされる。

尹東柱は、1917年生まれ。立教大学に学び、治安維持法によって拘束され、終戦の年に獄死する。
因みに、第4回在日韓国人・日本詩人共同 尹東柱詩人追悼会〈2月16日(月)〉(神戸「カルメン」の大橋愛由等・発)が行われるらしい。
最後に、引用したい個所はいくらでもあるが、「モノクロ写真と言葉のラチチュード」の以下の部分を紹介しておきたい。
 
 諧調のあるモノクロ写真には、饒舌なカラー写真にいやまさる匂い立つような豊潤な色相を感じ取ることができる。虚無と傷痕の無限のラチチュードに、その色彩が浮かび上がってくる。(中略)
 何かを創造しようとする時に、濃淡、強弱、明暗、緩急、大小、静動、疎密、遠近、直曲、諧調と破調、それら相反するものへのゆるやかな認識は必要だ。もちろんすべてを盛り込むことはありえないが、常にその意識を持っていれば、表にあらわれた一枚一節に、万感の想いを託すことはできる。





2 件のコメント:

  1. 大井さん、丁寧に読み込んで下さってありがとうございます! 本当に嬉しいです。この本には、私の40年に亘る想いや読書や来し方がつまっています。57頁の「路上の絵と”いのちの香り”」は、今年の女子学院中学校の国語の入試問題になりました。また3月29日には、この本について、文京区民センターでお話することになりました。ご案内お送りしますので、ご都合が許せば、お越しください。

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    1. お便り有難う存じます。
      3月29日も楽しみです。何とか都合を付けたいものです。

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