2016年11月7日月曜日
岡村知昭「行列の先に階段寒の雨」(『然るべく』)・・・
岡本知昭第一句集『然るべく』(人間社・草原詩社)。先に(2011年)に刊行されたアンソロジー『俳コレ』(邑書林)では柿本多映選100句「精舎」があるが、そちらは第零句集になるのだそうである。1973年滋賀県近江八幡市生まれ、とあるから「豈」同人としても、もっとも若い俳人のうちの一人に入る。年齢だけで前途有望というわけにはいかないが、彼の言葉の出て来方は特別で真似が出来ない。その辺りの事については、栞文の佐孝石画(「狼」同人)「句集によせて」と中島夜汽車(「京大俳句会」)「岡村知昭(俳句・命)讃江」に親愛をこめてしたためられている。
句集名になった句は、
ヒトラーの忌に頼まれて然るべく 知昭
からである。例のアドルフ・ヒトラーの忌日(1945年4月30日)、俳句季語的に言えば四月尽。そのヒトラーは、日独同盟の末路、連合国に包囲され、地下総統指令室で自裁したと言われている(実は生き残っていたという説もある)。いったい何を頼まれたかは示されてはいないが、誰かが然るべく対処しようとした、もしくはしたのだろう。勝手に読者に読みを預けてもらいたくはないが、俳句というやつはそういうところのあるやっかいなヤツなのである。
いつだったか、十年近くは前のことなるが、恒例となった「豈」忘年句会に遠く近江の地から長距離バスに乗って彼はやってきた。忘年句会が終わるとそのまま池袋から再び、金沢行の長距離・夜行バスにのって、今度は「狼」の同人諸氏に会いに旅立った。印象深い夜だった。
ともあれ、岡村知昭、不惑を超えて句歴20年の成果である。幾つかを以下に挙げておこう。
チューリップ治安維持法よりピンク
自転車にたどり着かざる朧かな
短夜の脱がねばならぬ防護服
ブルーシート被りタンクの秋の暮
分離独立あり桃の熟したる
男尊女卑をふりかけまでに言われたり
見てはならない冬の虹見なくては
卒業式中止決行たぶん晴
いなくなる人いないひとつちふれり
朝風呂や四月一日付解雇
サボテン↑
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