2022年2月8日火曜日

上田信治「秋・紅茶・鳥はきよとんと幸福に」(『成分表』)・・

  


 上田信治『成分表』(素粒社)、帯文は保坂和志、それには、


 小さい物を見ているときも、/足元にある物を見ているときも、

 上田さんの心はつねに/高い空やそのまた先にある/天体を仰ぎ見ている。

 愛や勇気や生きるモラルが/この本を貫いている。


 とあった。また、著者「あとがき」の中に、


 「成分表」というタイトルは、日々おもうことをその成分に分解して考える、というつもりでつけた。(中略)

 一冊にまとめるにあたって、かなり改稿した。


 とある。初出は、愚生も、その表3の連載はけっこう楽しみにしていた同人誌「里」2006年1月号から2018年12月号とウェブマガジン「週刊俳句」2021年2月14日号である。「『成分表』は、まだ半分残っている」というから、別にもう一本の上梓が待たれる。一話一話に起承転結があって、一部分を引用紹介しても、その面白さは伝わらないだろうから、是非、本書に直接、当たられることをお薦めする。とはいえ、「四十九 蓼食う虫」の一部分を紹介しておこう。


  日常生活を舞台に漫画を描くという仕事を、夫婦で二十年以上続けている。

仕事の中心は「思い出す」ということで、大過去や近過去の一場面について、何かを見つけては形にすることの繰り返しだ。自分の記憶はとっくに描き尽くしてしまって、もう一個人生があればいいのにと、それは何度も思った。

 特別な経験や感動の記憶が欲しいわけではない。ただ、自分ではない誰かが生れてから過した膨大な普通の時間ーわたしたちが別の何かを見ていた時に、その人がその人の人生でみたものの、手つかずの記憶がもらえれば、また二十年分のアイディアが作れる。

 そう夢想するのだけれど、じつは人からもらったネタで漫画が描けることはごくまれで、これまで千話近く作ってきて、片手で数えるほどしかない。

 きっとお互いどうし、蓼食う虫なのだろう。

 人と人で、気を引かれるものや大事なものが、おそろしいほど違うのだ。


 夫婦の夫は上田信治、妻は漫画家・けらえいこまた、巻末には「出典、注、追記ほか」、「俳句作者一覧」が付されていて、これも興味深い。例えば、島田牙城の部分は、


【島田牙城】しまだ・がじょう(1957-)「成分表」は、この人の俳誌「里」で長く連載した。たいへん感謝している。〈満月を明日につまやうじの頭〉「灰皿」


 という具合。「灰皿」というのは、本集に収められたエッセイの題である。ともあれ、以下に文中より、著者のいくつかの句をあげておきたい。


   入口にハンガーのある落花生      信治

   椎茸や人に心の一つゞつ

   萩日和大きな音はバケツから

   吸ひがらの今日の形へ西日さす


 上田信治(うえだ・しんじ) 1961年、大阪生まれ。



       芽夢野うのき「土竜塚父の泣き顔ににて困る」↑

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