2020年6月7日日曜日

飯島晴子「蛍飛び疑いぶかき親の箸」(『現代俳句を語る』より)・・



 『現代俳句を語る』(遊牧社)、塩野谷仁「序に代えて」に、

 「遊牧」誌上の主な散文を集め、創刊十周年を記念して『現代俳句を歩く』(遊牧叢書Ⅰ)を世に問うたのは平成二十四年十一月。そして創刊百号を記念して『現代俳句を探る』(遊牧叢書Ⅱ)を上梓したのは、平成二十八年五月だった。共に好評裡に迎えられたと記憶している。今回、創刊二十周年事業の一環として、さらに執筆陣を強化して『現代俳句を語る』(遊牧叢書Ⅲ)を上木することにした。

 とある。本集のなかの執筆陣は、栗林浩・堀之内長一(「現代俳句雑感」)、「好句を探る」が清水伶・藤野武・坂間恒子・久野康子・塩野谷仁・茂里美絵・伊藤道郎など、そして、各章題は「遊牧の一句」、「現代俳句雑感」と続いている。「遊牧」本誌は、号ごとに恵まれているので、いくばくかは記憶に残っているものもある。なかでは巻頭近くの堀之内勝衣「私は俳人ではない」、長谷川櫂に触れて、

 (前略)現在、信頼できる批評と選句の代わりに幅を利かせはじめたのが「人気」である。「俳句と俳人の人気を測る方法はいくつかあって、一つは本の売れ行き、もう一つはマスコミへの露出度、極めつけはアンケート調査である。(中略)・・あまりにもその通りだからである。
 
 とあったが、その当否はさておき、本書の「好句を探る」にも、やはりその傾向はあると思ったのだった。それは、当然のことかも知れない。執筆する方も、無名で、いい句を密かに書き続けている人が、たとえいたとしても、到底そこまでは眼が届かないからである。よってもって、というわけでもないが、ここでは、「豈」同人でもある坂間恒子に贔屓をして、彼女の鑑賞を以下に抄出しておこう。「好句を探る」(73)。には、

  蝋梅よりもきのうのことは馬の領分  高橋比呂子

 句集『つがるからつゆいり』より。
 阿部完市は『絶対本質の俳句論』の中で直感読みを〈「ぴんとくるか来ないか。その一句一句が「わかる」「わからない」と言う鑑賞者の判断以前に、突然、その一句が胸に落ちるー納得する。その一句を「理」以前の「私」に相対せしめること〉と記していた。(中略)高橋作品にも「蝋梅」という時間、「蝋梅よりもきのうのこと」と言う記憶の時間「蝋梅よりも馬の領分」という永遠の時間が考えられる。「蝋梅」という季語が呼び覚ます色彩と芳香。そして時間と空間。具体的に「馬の領分」という物象的なイメージ。大事に飼われた農耕馬のことなど、時間と空間が入り組んで立ち現れる。

 と記している。一句そのものを、いかに、句に沿って読むかは、もっとも大切な事である。他に、同じ「豈」同人で取り上げられている句は、

  死体になつて話したい    筑紫磐井

 である。評者は藤野武、いまどきの俳壇で、短律句を好句として鑑賞するなど、敬意を表すべき勇気である。 
 因みに、ブログタイトルに挙げた飯島晴子句は、昨日、6月6日が、晴子の「螢火忌」であった、ということもあるが、坂間恒子の「『俳句の水脈を求めて』ー飯島晴子を読む」があったからである。愚生、何かの会の折りに、ただ一度だけだったが、小柄な飯島晴子と言葉を交わした。扉の陰で、遠くから微笑まれた、その笑顔をいまだに覚えている。そういえば、アベカンこと阿部完市と二人で「現代俳句ノート」という冊子を出されていたこともあった。



★閑話休題・・・加藤哲也著『俳句の地底Ⅳ-俳句史からみた日本文学史』・・・


  上掲が「現代俳句を語る」だから、本書の巻末「現代俳句の課題」の章つながりで、加藤哲也著『俳句の地底Ⅳー俳句史からみた日本文学史ー』(実業公論社)。プロローグに「本書は、前著『俳句の地底Ⅲ』に続く、私の俳句への思いなどを綴った第四弾である。/第四弾とはいえ、前著とは直接繋がってはいないので、この本から初めて読み始めていただいても、まったく問題はない」とある。ことほどさように日本文学史と俳句史をリンクさせようとするもので、かなりの部分が小西甚一『日本文学史』の引用に表現されている。異色なのが、最終の独立した「現代俳句の課題」なのである。この部分のみは、AI俳句、そして現代の若手の俳句などについて述べている。以下に、この章で取り上げられた俳人の一人一句のみになるが、挙げておこう。

   絵も文字も下手な看板海の家     小野あらた
   かなかなは兄の渇きの中に棲む     安里琉太
   レタス買へば毎朝レタスわが四月    小川軽舟
 
 加藤哲也(かとう・てつや) 1958年、愛知県岡崎市生まれ。



       撮影・芽夢野うのき「影の女赤い満月舌を出す」↑

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