2021年8月16日月曜日

都築裕孝「コスモスのうしろのドアが空けてある」(『杜Ⅱ』)・・・


 『杜Ⅱー杜人同人合同句集』(川柳杜人社)、「杜人」は先般、268号(2020冬)をもって終刊した。その最終号と合わせて、本合同句集が企画されていたという。都築裕孝「『杜Ⅱー杜人同人句集』発刊に寄せて」の中に、


 (前略)かつて「杜人」は当時の五十歳から六十歳代のいわば現代川柳の草創期にあった同人たちが当時は珍しいと思われていた合同句集を初めて編んでいます。『杜(もり)』です。昭和五十四年(一九七九』発刊、布貼りの上製本で、”杜の都仙台”を象徴する深緑色をしています。 

 その句集に参加している同人は、記載順に、宮川絢市、芳賀甚六(後に弥市)、丹野迷羊、添田星人、今野空白、大友逸星、伊藤律の七名で序文を石曾根民郎氏、跋文は福島真澄氏が書いています。この二人や同人たちの作品評を担当した七名の顔ぶれもさることながら、装丁も含めて当時としてはとても贅沢な一冊だと思います。(中略)

 自由をモットーに、杜人の精神を引き継いできた九名の同人たちによる合同句集『杜Ⅱ』です。


 とあり、また、広瀬ちえみ「あとがき」には、


 (前略)「杜人はスカンクの集団だ」と逸星さんが言った言葉が忘れられない。普段はめいめいがさまざまな方を向いて自由な行動をしているが、いざというときの結束の強さは並大抵ではない。その悪臭にありがた迷惑な方々がたくさんおられたことを思うとおかしくなる。

 偉大なスカンクたちから「川柳杜人」を引き継いだ私たち。スカンクになれたかなれなかたったかは別として、意識の中にはいつも逸星さんの名言があった。私もスカンクにならなければならなぬと。(中略)

 自画自賛になるが、合同句集ではあるけれど、『杜Ⅱ』は一冊の句集だと思った。一人ひとりが杜人の木をそれぞれの水をやりながら育ててきた、ということをひしひしと感じさせてくれるのだった。私たちは真実、仲間で同志だった。

 『杜』の横に『杜Ⅱ』が並ぶ。私はこのことをうれしく誇りに思う。


とあった。ともあれ、以下に各同人の句を挙げておきたい。


   三月が来て三月の家に住む         都築裕孝

   まんじゅうに手が届かないほとけ様              

   花吹雪 一瞬見失うこの世         浮 千草

   死にたいのも死にたくないのも困る      

   さくさくとキャベツを刻む前向きに   大和田八千代

   お先にどうぞ夢を食べつつ歩くので      

   物置をあける私に突き当たる        加藤久子

   なにがいいたいんだか芽が出ない       

   まだ来ない痛みを待っているような    佐藤みさ子

   ありがとうさよならいいえこちらこそ     

   ふわりと浮いて人・車・家運ばれる     鈴木逸志

   コンセント抜かれて僕の影がない       〃

   自画像に使えぬ色が一つある       鈴木せつ子

   ぜんかいはことぶきだったとおもいます    〃

   身籠ってしまった核をどうしよう      鈴木節子

   ポイントがつきます生きているだけで     〃

   鹿肉を食べた体を出ることば       広瀬ちえみ

   新玉のボールが飛んできたら打つ       




     撮影・鈴木純一「敗けてへん終わったんや綴れ刺せ」↑

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