2021年8月31日火曜日

本多遊子「浮きさうな鼎といふ字水馬」(『Qを打つ』)・・・


 本多遊子第一句集『Qを打つ』(角川書店)、表紙絵は伊野美彦。帯文は小林恭二、それには、


  なみなみと蕎麦湯波瀾の年終る


「Qを打つ」の諸句はどれも端正な仕上げを見せ、あるいはほどよいユーモアを纏っている。ただ時々ぎょっと足を止める句もあり、あるいはそこに本多氏の今後があるかとも思う。「蒟蒻を叩き悲憤の年終る」


 とある。また、著者「あとがき」には、


(前略)それまで毎夜、小さなノートに短い記録をつけていた。しかし、俳句を始めてみると、それがいかに空虚な作業であったかへの気づきは、いともあっけなく訪れた。なぜなら、そのノートには、後悔、怒り、愚痴の言葉が日替わりで書かれているに過ぎなかったから。それに比べて、日々詠む俳句のなんと簡潔で気高いことか。その日見た花、小さないのち、おいしかった旬の食材、空や海、自分がどこで何を見たのか、何に驚いたのか、一句を見れば即座に思いだすことができる。十七文字には後ろ向きな言葉や恨み言を加える余地はない。

 私は日記を括って捨てた。そして、ぽかりと空いたその場所に、色とりどりの俳句帳をきっちり収めた。


 とあった。集名に因む句は、


   悴むやQを打つことなき小指     遊子


 であろう。ともあれ、愚生好みに偏するがいくつかの句を挙げておこう。


   人の手の届かぬ先の蕗の薹       

   エキストラ立ち待ち長し半夏生

   落葉して山に地熱の戻りけり

   黄落期一斉メールの訃報愛く

   社会鍋三越側にばかり立ち

   西日さすスナックまちこの室外機

   厠にて五右衛門化粧村芝居

   十二月八日本気で鳩の飛ぶ

   いつの日か地球は止まる鏡餅

   砂消しを使ふ八月十五日

   一陽来復物干を高くせり


 本多遊子(ほんだ・ゆうこ) 1962年、東京生まれ。



    芽夢野うのき「アオギリの実よりこぼるる落語かな」↑

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