越智友亮第一句集『ふつうの未来』(左右社)、序は、越智友亮がかねてより私淑と言いし池田澄子。その中に、
(前略) 地球よし蜜柑のへこみ具合よし
冬の金魚家は安全だと思う
折も折、大変な世の中になっている地球、「地球よし」と高らかに言祝がれ、その言祝ぎは「蜜柑のへこみ具合」への言祝ぎと同等に並べられている。その程度の、地球への「よし」だったのだ。この能天気と言ってしまいたい「よし」の単純ゆえ、地球の不確かさを手渡され、早々に私はどぎまぎした。また、「家は安全だ」と、単純にわざわざ告げることでの、「安全」という言葉が思わせる危うさに気付かされる。 (中略)
ゆず湯の柚子つついて恋を今している
雪もよい湯気のにおいのからだかな
これを書いていた頃、よく、どさっと俳句が届いたものだった。私は簡単に、いいわね、などとは言わなかった。ダメ出しを繰り返した。彼はめげなかった。「ゆず湯」の句は懐かしい。最初どういう句であったか覚えていないけれど、少なくとも三・四回は行ったり来たりして、曖昧なところを消し、意味が動かない、ここで決まった。その経緯を記すことが出来ないのが残念だけれど、彼は、ギブアップしなかった。
そして、著者「あとがき」の中には、
(前略)序文を書いてくださった池田澄子さんに折に触れてさまざまなことを教えていただきました。「ゆず浮かべ父と政治の話かな」という作品を「ゆず湯の柚子つついて恋を今している」に推敲できたいくつかのやり取りは私のよき思い出です。心から感謝を申し上げます。(中略)
これからも、誰にでもわかる平明な言葉で、ひとつひとつの言葉の働きお信じ、「今」を書きたいと思う。
とあった。愚生が越智友亮に最初に会ったのは、偶然に、俳句文学館である。彼はまだ十代だったように思う。自己紹介で池田澄子に私淑していると言ったので、帰りに一時間ばかり、大久保駅前の喫茶店でお茶を飲んだ。そのことは、翌日には池田澄子に伝わっていて、失礼はなかったかしら・・、と心配気な様子の電話をいただいた。弟子というよりは、まさに親代わりのような厳しい愛情だったと思う。ともあれ、愚性好みに偏するが、集中より、いくつかの句を以下に挙げておこう。
留守番つまらなし炬燵から出て歩く
昭和に戦前戦中戦後蟬時雨
すすきです、ところで月が出ていない
草の実や女子とふつうに話せない
あくびするひとのとなりも冬のくれ
瓦礫に陽水仙に陽や生きめやも
うたにしてことのはゆたかはるのみず
逢うと抱きたし冬の林檎に蜜多し
雲は夏Wi-Fiとんでない町に
白玉や今が過ぎては今が来て
虫しぐれ窓に格子の痛かろう
最中は餡はみだし黄泉は永久の春
黙食に酎ハイ薄し秋灯
信号は夜を眠れず虫しぐれ
越智友亮(おち・ゆうすけ) 1991年、広島市生まれ。
撮影・中西ひろ美「髪洗うあす何事もなけれども」↑
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