2017年11月10日金曜日

藤原喜久子「幻日や双手あふれし雪と虹」(『鳩笛』)・・・



 藤原喜久子俳句・随想集『鳩笛』(コールサック社)、内容の充実した俳句・随想集である。解説の鈴木比佐雄「『透明な美』や『冬の響き』に耳を聡くする人」に詳しい。本集名にちなんだと思われるエッセイと句に鳩笛の句と鳩笛の章がある。句は、

  鳩笛で紛らせようか萌黄山     喜久子

があり、エッセイの「月見草」のなかに、

 後の月の十三夜、広面に住む八十歳の弟より「姉さんお月さんが出たよ」と、電話の一報が届いた。
 だれにでも、どこにいても眺められた十三夜、この十五夜をスーパームーンと新聞は報じていいる。

とあって、愚生は、広面という地名に反応したのである。秋田の広面、そうだ安井浩司の住まいも確か広面野添だったな。そして安井浩司の生まれは能代市、米代川の河口で材木商だったな・・・藤原喜久子の「川は語り部」にも、かつて米代川にあった秋田杉の筏の係留地のことが書かれてある。愚生もその河口に数年前に立ったことがある。それともう一つは手代木啞々子(てしろぎああし)が、著者の師だと書かれていて感銘したのだ。愚生もかつて、兜太『今日の俳句』以来、手代木啞々子「乾く橇嗚咽はいつも背後より」の句に魅せられていた時期があるからだ。その独特の名とともに東北にこの俳人ありと長い間遠望していた。その師を詠んだ句も多い。

  啞々子以後沖見るごとの童唄
  鳴り砂の緑は近し啞々子の背
  昭和の町へ啞々子のベレー冬隣
  啞々子忌は五日でしたよ柿をむく

啞々子は1982年12月5日、78歳で亡くなった。
題簽も著者、編集、装幀、挿画などすべてを近親の者たちに囲まれてなった幸せな一書というべきか。
ともあれ、いくつかの愚生好みの句を以下に挙げておこう。

  地の韻(おと)にきさらぎの父口ごもる
  春の沼ほたほたあの子は癒えたろう
  北国の空見たろうか飛花落花
  料峭の次の間こけし総立ちに
  原発の円周を外れ滝桜
  数ほどの胸の弔旗や黄菊摘む
  霧食うていようおとこえしおみなえし
  千体の一体親し蟬時雨
  父母の昭和遠しや雪しんしん




   
 

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