2020年11月1日日曜日

久光良一「一人の晩酌ははらわたで飲む」(「句抄覚え書き」第37号)・・・


 「句抄覚え書き・その三十七」(周防一夜会) 、巻頭の言に、上田都史「自由律とは何か」が抜粋掲げられている。孫引きながら、その更なる抜粋を以下に、記しておこう。


 (前略)なんとかしてその志を述べようと苦しんでいるとき、どうして、俳句は五七五調十七音だからといって、それに当て嵌めようなどと考えるだろうか、形式というものは後からでよいものである。苦しんで志を述べようとするとき、その型は自然に授かり、五七調十七音という偶然の約束はおのずから越えてしまうのである。(中略)

 俳句を書くということは、人間としての存在の証左を明らかにすることである。俳句を書くということは、一句一句、人間としての自分の歴史を刻むことである。俳句を自分史を書くことと認識したとき、ここに自由律俳句が生まれるのである。


 本誌中に、久松時子の追悼の告知がある。享年85。その夫君の久光良一の「一人の晩酌」の10句は、すべてが、妻の時子に捧げられた追悼句である。

  だまって笑っている遺影になってしまった      良一

  杖の音が聴きたい お帰りと言ってやりたい

  言いそびれたこと言えぬまま遺影みつめている


ともあれ、本号より、一人一句を挙げておきたい。

  なつかしい風景よ星空からは遠すぎる    中谷みさを

  草を抜こう土を掘ろうさあ生きるんだ     久光良一

  眠る笑顔に救われた永き介護まぶたの中に   久光時子

  愛おしい老犬と一緒に歩む道の幸せ     村田ミチヱ

  煩悩の壺中へ万感の夕陽沈みゆく       吉川窓心

  今日の空は笑っている            山口綾子

  「絆」という字を薄くしたコロナウイルス   小藤淳子

  泣きそうな空に赤い柿一つゆれる       甲斐信子

  太陽、紅葉の中に昇って真っ赤        加治紀子

  心はうわの空で でこぼこ道を歩いている   石田帝児

  深呼吸吸っても吸っても余る青い空     藤井千恵子

  二蜜にも満たない老い独り          吉村勝義

  既読にならないスマホ肌身離さず・・・   小村みつ枝

  鉄塔の山思わぬ所に顔見せ          山本哲正

  どうにも消せない男が残っている私      部屋慈音

  切っても切っても竹藪だらけ        國本英智郎

 

 


     撮影・芽夢野うのき「秋蝶のぐるぐるまわる悟空なり」↑

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