2020年11月15日日曜日

坊城俊樹「出征し負傷しここに暦売る」(『壱』)・・・


 坊城俊樹第5句集『壱』(朔出版)、著者「あとがき」に、


  この句集の名『壱』は、二十数年前の最初の句集『零』の後書きで次は「壱」にすると書いた経緯から来ている。(中略)

 今回は「真実と虚構」「聖と俗」「写生と抽象」などの句が鬩ぎ合うようにできている。虚子で言うなら「客観写生」から「主観写生」へ至る道へのテクストを行ったり来たり。

 サブタイトルの「朴念集」は造語。「朴念仁」から来ている。まあ、朴訥ではないが、頑固で夢想家で生意気な句たち。「艶冶集」は冷淡で艶めかしいがちょっと阿婆擦れな句たち。そしてそれぞれの集は四季によって分かれている。(中略)

 「壱」とはいい名前だと思う。「壱」こそが自然数の最初の数。無から有への出発という感覚。宇宙創成のビッグバンである。ところで次は「弐」にしようかとおもうけど、もうみんなに飽きられるんだろうねえ。


 とあった。ところで、ブログタイトルにした句「出征し負傷し此処に」の次の下五「暦売る」は絶妙であろう。一句はいかようにも読めるように思う。愚生には、「朴念仁」から来ている、という自嘲にすら、なぜか、かつて北園克衛が変身した西脇順三郎『旅人帰へらず」に対して「風邪をひいた牧人」と言ったということにさえ、通ずる、ある種の符号の一致のように思えた。西脇が「皆この山の暦(こよみ)になった。」・・「人間は猿よりもまだ猿だ」と言った」・・ような・・・。ともあれ、集中より、いくつかの句を以下に挙げておきたい。


  冬怒濤壱岐も対馬も溺れたり       俊樹

  能舞台これより花を舞はせたり

  仰向けの蟬に最期の青き空

  墨東に死せる裸体を投げ込みし

  仲見世は坩堝六区は蚯蚓鳴く

  鶴舞へる淡海を合せ鏡とし

  龍の口より春水の紙縒りめく

  青く点し黒く点して螢の死

  黒蝶を貫いてゐる夏の日矢

  夏怒濤はらほげ地蔵はらほげて

  遠花火果て残像の黒花火

  枯蓮の日本一の枯れつぷり


坊城俊樹(ぼうじょう・としき) 昭和32年、東京都生まれ。



     撮影・鈴木純一「ゆきむしのつまかともかやついと来る」↑

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