2015年8月30日日曜日
大井恒行「集団的などてすめろぎのぞまず夏」・・・
「8.30国会10万人 全国100万人大行動!ー戦争法案廃案!安倍政権退陣!」(戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会)の国会正門前の集会に参加すべく、数えて40年ぶりに会う京都での学生時代の友人と地下鉄は丸の内線・霞が関2番出口で待ち合わせをした。
果たしてうまく会えるのだろうかという心配があったが、(まあ、今は携帯電話があるので何とか・・・)、しかし、2番出口は警察によって閉鎖されていて、すべては4番出口に誘導されていた。
先日、現代俳句協会講座・高屋窓秋の愚生の講演を聞きに来てくれていたので、風貌は覚えているものの、40年ぶりにスクラムでも組むかと思えば心もとない。とにかく、2番出口に警察官と肩を並べて、待つことにした。
そこに「こんにちわ、前橋から来ました。黄色い案内板のしたに顔が見えました!」と思いがけない水野真由美からのショートメールが入った(残念ながら、会えはしなかったが)。
そして、その友人とは、たった4,5メートルしか離れていなかったにも関わらず、なかなか見つけられず、やっと10分後に会える始末だった。
さらに地下鉄の改札口を出て、4番出口にたどり着くまでに、ほぼ一時間を有してしまったのだ。駅の出口の階段も規制されて、エスカレーターのみの使用だった。さらにそこから国会正門前にたどりつくのに、ほぼ一時間、止んでいた雨も小雨ながら、間断なく降り出していた。
ひたすら、人混みに押しつ戻されつしながら歩くのみ・・・。
金子兜太揮毫の「アベ政治を許さない」のプラカードを持っている人も多い。
警察官によって封鎖された霞が関2番出口↑
混雑で身動きが取れない!
その友人と帰路に食事をしたが、「ぼくは戦争体験はないが、小さいころから戦争体験を持っている母親から、戦争はいけない!悪い!と言われて育ったから、理屈じゃなくて体に、戦争はダメだって沁みついているんだ。もう激しい行動はできないが、若い人たちが、そういう行動をしていると応援したくなるんだよ・・」と呟いたのが心に残った。
9条を護持して、国際戦争支援法などは廃案にして、日本は、他の諸国間の戦争に関係しない永世中立国宣言でも掲げて、原発をなくし、美しい国造りに邁進してもらいたいものである。
集団的などてすめろぎのぞまず夏 恒行
ヘクソカズラ(ヤイトバナ)↑
2015年8月28日金曜日
宮坂静生「柞(いす)の木に笛吹童子籠るてふ」(『草泊』)・・・
宮坂静生句集『草泊』(本阿弥書店)は2013年の一日一句の俳日記である。
二年前の本日、つまり8月28日の句が掲出の句なのだ。すべてに前書が付されている。ちなみに掲出の句の前書きは「八月二十八日(水) 『樗堂と一茶』稿まとめる。西川徹郎より大冊二冊」とある。
現代俳句協会会長の要職にあって、全国を飛び歩いている様子が如実にわかる。また、句会の出席も多く、一日に二回、三回というのもある。
愚生よりほぼ一世代上の60年安保世代だからだろう。例えば次のような場面にも出くわす。
一月五日(土) 「一九八九年の丸山真男」(「すばる」二月号)を読む。
人間を襤褸となすな読始め
ああ、丸山真男に影響を受けた世代なんだな、と思う。愚生などの70年安保世代は吉本隆明か埴谷雄高というところだろう。また、5月25日(土)の「岳」創刊三十五周年記念大会には愚生も出席している。それには、
五月二十五日(土) 「岳」創刊三十五周年記念大会軽井沢。三次会まで。
夜叉五倍子(やしゃぶし)の滴り集ふ火山麓
とあった。愚生好みのいくつかを以下に挙げておこう。
六月二十日(木) 帰松。ふと葉山在、晩年の女優のことを。
杉村春子西日の戦後忘れきし
七月一日(月) 高岡修の案内で薩摩半島長崎鼻まで。
知覧まで草みちをゆく七月は
八月十五日(木) 兄弟たち盆見舞いに来る。
敗戦夜闇いきいきと大櫟
十二月七日(土) 長野へ。マンデラさん(南アフリカ元大統領)の死
アフリカの大地が捧ぐ冬茜
2015年8月27日木曜日
渡辺誠一郎「セシウムは思惟より生まれソーダ水」(「現代俳句」9月号)・・・
「現代俳句」9月号は「第70回現代俳句協会賞 渡辺誠一郎特集」である。不明にして、愚生は今年度の現代俳句協会賞受賞者を本誌によって、遅ればせに、初めて知った。
選考委員評を読むと、順当に仲寒蟬『巨石文明』、対馬康子『竟鳴』、渡辺誠一郎『地祇』が残ったらしい。どうやら対馬康子『竟鳴』は決戦投票で4対3の一票差で受賞を逃している。
ともあれ、渡辺誠一郎に祝福を送ろう。
久しぶりに受賞者の年齢が少し若くなった感じだ。
「受賞のことば」には、
このたびの受賞を励みに、今後はおのれの存在を凝視して詩想を深め、「地祇」のごとく目線を限りなく低くしながら、不器用ではあるが、地に足をつけた世界を綴って行きたいと思っている。
とある。目指すべき方向は定まっているのだ。期待して、さらなる展開を待ちたいと思う。とはいうものの愚生自身の体たらくを何とか自ら励まさなければ・・・
渡辺誠一郎(わたなべ・せいいちろう) 1950年宮城県塩竃生まれ。
影の数人より多し敗戦忌 誠一郎
父の日の父の仕方で米を研ぐ
地の底に行方不明のさくら咲く
東京に子猫のような余震くる
死んでなお人に影ある薄暑かな
タデ↑
2015年8月26日水曜日
鈴木純一「戰爭をなくす戰爭をみなへし」(「LOTUS」第31号)・・・
鈴木純一の句は特異でありながら、その置かれている言葉の秩序は正当に、実に伝統的である(読者への伝達性を担保している)。
掲出の句「戰爭をなくす戰爭をみなえし」も表記は円形である(つまり、どこを起点にして読もうと読者の自由である。愚生は掲出句のように読んだまでだ)。
他にも、
あはれみ 【憐憫】 命が限りなく無限に近づいた
時、それが風化となす角度。 純一
といった句もある。あるいは、
持たせやるほたる袋に二つ三つ
以上、表記の参考までにと思い、写真上に収めた。その鈴木純一の句集『平成物語 オノゴロ』(邑書林)について今泉康弘は「『BALSE』と共に、もっと高く評価されるべき句集である」と「LOTUS」作品評(第30号より)で述べている。
今号の「LOTUS」の注目は、もう一つ、発行人・酒巻英一郎の三行書俳句が特別作品で巻頭を飾っていることだ。現在、多行の俳句を書く俳人はごく少数であるが、それでもその中で、最初から最後まで三行を貫徹してきた俳人はいないと思われる。
高柳重信の到達した多行俳句が4行であるとすれば(高柳重信の4行形式の継承者はけっこういる)、それと対峙しながら(一行の俳句も含めて)、飽くなき三行書きを貫ぬき、書き続けてきたのが酒巻英一郎である。
いくつかを挙げておこう。
いしばしを
しばしひろはば
かきつばた 英一郎
嗅ぎあてて
帰する春夜の
陰を噛む
おほでまり
何れ何くに
おのれなし
鶴翼や
後手に廻りて
花の陣
黒百合の
直目に萼を
留めおかむ
2015年8月25日火曜日
大本義幸「三月の風よ集まれ釘に疵」(『俳句新空間』NO.4)・・・
『俳句新空間』NO.4、2015.夏号は、「鬼」と題する花尻万博の第2回攝津幸彦賞受賞後第二作の作品として「詩客」よりの転載作品。さらに筑紫磐井の「八月の記憶ー従軍俳句の真実」題する、この間の川名大とのやりとりが掲載されている。北川美美の編集後記には「『日盛帖』と名付けた作品詠に今号21名が参加」とあった。
その「日盛帖」の中から掲出した句が、大本義幸「三月の風よ集まれ釘に疵」の句である。直後の句にも「櫻三月死者たちは裸で歩く」が置かれているところをみると、東日本大震災についての詠とも読める。もちろんそうでなくてもよい。「釘に疵」が普遍性を獲得していよう。
「日盛帖」参加者の中から、一人一句を・・・・
痴呆って症なのかしら琵琶熟れる 網野月を
わたしには声がない世界がみえない 大本義幸
願ひ事書いて燃やされ雲の峰 神谷 波
藤の昼銹びしらんぷを地に置きぬ 坂間恒子
いをかはづ降つてうるほふばかりなり 佐藤りえ
くちびるにきんぎよのおよぐばすつあー 田中葉月
風雨はげし骨離れよきほつけ食ひ 津髙里永子
虹描く縄跳びの子ら基地超えて 豊里友行
光化学スモッグの中誰もが汗 仲 寒蟬
傘さして道遠くせり夏木立 中西夕紀
田一枚植ゑて立ち去る柳かな(山の裾まで燕追ひきて)
懲役の無期が有期に麦の秋 夏木 久
生意気な目鼻となりぬ烏瓜 秦 夕美
戦没の墓の月日や苔の花 福田葉子
沢胡桃支那胡桃梅雨晴れ間 ふけとしこ
戦前はいつの戦後ぞ養花天 堀本 吟
曇天の残響豊か囀れる 前北かおる
雨おとこ祭囃子を雨に乗せ 真矢ひろみ
晩夏光ガラス細工の象溺る 渡邉美保
ハクイキガ ホタルビトナリ ハハキトク もてきまり
死に顔のまま生きてゐる上司・部下 筑紫磐井
梅干しの肉こそよけれ旅人よ 北川美美
2015年8月23日日曜日
久保東海司「くらがりの海くらがりの星涼し」(『風鈴』)・・・
久保東海司は昭和2年11月29日生まれ。句集『風鈴』(文學の森)の奥付の発行日は,久保東海司が米寿を迎える日、本年11月29日となっている。
現在は高橋将夫主宰「槐」同人だが、句歴70年を記念しての上梓とあるから、「槐」を創刊主宰した岡井省二の弟子でもあった。
「まえがき」によると、青年俳句誌「みつばち」をガリ版刷りで発行したのが昭和16年4月のことだという。
申し分ない句歴だが、田村木国の「山茶花」の植原抱芽を選者に迎えて、「みつばち」は72号まで継続したとあった。
昭和16年4月といえば、新興俳句弾圧事件、第4次弾圧により細谷源二が逮捕された昭和16年2月5日の直後でもある。
ところで、愚生は、生前の岡井省二に一度だけだが、お目にかかったことがある。記憶が少しあいまいだが、確か現代俳句協会青年部ができた直後のシンポジウムのパネリストになっていただいたのではなかろうか。その後、『岡井省二の世界-霊性と智慧』 (北宋社)にも執筆の機会をもらい、その縁で現在まで「槐」の恵送をしていただいている。
羽子板の撞き痕のこし世を去りぬ 東海司
囀りのかたまつてゐる大和かな
揺れ易きものには乗らぬ鬼やんま
質草に蚊帳あるむかし初ちちろ
息入れて折鶴翔たす秋の空
天涯に星の私語あり冬木立
結界の石みな佛雪を置く
山眠りかけしを鶴の呼び起こす
シモツケ↑
2015年8月21日金曜日
三橋敏雄「窗越しに四角な空の五月晴」・・・
遠山陽子「弦」38号は、先般上梓された句集『弦響』の特集である。
角谷昌子、永島靖子、前田弘、春田千歳、安西篤、栗林浩らが執筆している。他に高橋龍と中村裕のエッセイ。
ともあれ、最後に「三橋敏雄を読む(1)」と題して、まず16句が取り上げられている。
「窗越し」の句については、
十五歳の少年の悲しみを覗き見るような一句だ。更に言えば、視覚対象物は焦点を絞って切り取ることによって、把握はより強くなるという俳句の骨法を、敏雄が本能的に心得ていたことに驚かされる。(昭和十年 十五歳)
と述べているが、編集後記によると、どうやら「敏雄百句を読む」の構想らしい。「通読するとミニ敏雄論になるようにしたいと思っている」と心意気が書かれている。遠山陽子の情熱に敬服の念を禁じ得ない。
つれあひだつた男施設で死にき春 陽子 『弦響』以後
老人に老人の夢金魚玉
いなびかり父も柱も傾きぬ
晩年がもつとも長しちる公孫樹
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