2019年6月28日金曜日

横須賀洋子「永遠の欠席を告げ兎とび」(『体感』)・・



 横須賀洋子第4句集『体感』(文學の森)、著者「あとがき」の中に、夫君だった村井和一の横須賀洋子第一句集『絆』(昭和44年刊)の跋文の抜粋が記されている。一部を孫引きしよう。

  横須賀洋子は、女なのに、化粧や着かざることに熱心な方ではない。だから、洋子の三面鏡は、ただあるというだけで、狭い部屋の片隅に積まれたままになっている。
 しかし、ぼくは、洋子が、洋子自身の工房でじっと鏡を見つめながら、俳句を作っている姿を想像する。(中略)
 空しさ、不安、いら立ち、悲しみなどから始まって、生きることのこわさやおかしさに至るまでの、いわば生命の実感がそこには生きている。

 その夫・村井和一は、「東日本大震災の二日後に旅立ちました」ともあった。愚生が現代俳句協会に入会したての頃、協会事務所など、さまざまな機会によくお会いした。全く偉ぶるところのない人で、しかし、温和にはっきりと意見を述べられるかたで、その見識について学ぶことの多かった俳人である。だからというわけでもないが、横須賀洋子と聞けば、なぜか必ず村井和一(ワイチさん)を思い起こす。

  目高にも学歴があり賞罰なし     和一
  真夏には死にたくないが仕方がない
  絮吹けば五十万年飛びますねん

 こうした俳諧味、イロニー、諧謔味は、横須賀洋子にとってもまた掌中ものと思われる。
 そして、この趣は、たぶん第一句集『絆』よりはるかに深められているように思う。ともあれ、愚生好みに偏するが、いくつかの句を以下に挙げておきたい。

  声かけて咲いたか咲いた桃の花    洋子
  尺蠖ととことん気の合う暮らしなり
  その人の訃報が消えてから花野
  煩悩の艶をならべるさくらんぼ
  しかしもしややがてそうかとねじり花
  亀鳴けり歳時記を出たばっかりに
  カーネーションむかし愛国少女の日
  中指は小指に遠し秋の暮
  一時間後を忘れる人と見るさくら

  人工の骨も身の内汗を拭く
  うたたねに秋の蝶抱きこなごなに
  サルビアの良し悪しを突く庭の鳥
  サルビアの半身散って猛るいろ
  スプーンの背から葬列おりてくる
  暗い沼から嬰をうけにゆく祭笛
  葉書の中で虎は四隅を淋しがる 

 横須賀洋子(よこすか・ようこ) 昭和11年、神奈川県生まれ。


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