2022年1月5日水曜日

桒原道夫「次の世も続く逆上がりの稽古」(『近・現代川柳アンソロジー』)・・


  桒原道夫・堺利彦編『近・現代川柳アンソロジー』(新葉館出版)、「凡例」によると、明治から現代にいたる柳人300名の各人25句が収載されている。掲載順は生年月日順なので、巻頭の柳人は、窪田而笑子(くぼた。じしょうし/1866.3.15~1928.10.27)であり、巻尾は、川合大祐(かわい・だいすけ/1974.2.19~)である。堺利彦「編集を了えて」の中には、


 この編集は、人選及び選句ともに二人して進めましたが、具体的な句の収集については、桒原さんが膨大な時間と労力を惜しまずに尽力してくれました。桒原さんの献身的な努力と熱意がなければ、この本は、日の目をみることはなかったでしょう。(中略)

 とりわけ人選にあたっては、できるだけ作品本意に選定することを心掛けたつもりです。そのため、古川柳をはじめ近代川柳や現代川柳の優れた研究者や批評家として著名な方々、卓越した指導力により各地の有力な結社や柳誌を牽引された主宰者や主要な同人の方々、さらに献身的に全国組織の主要役員として尽力された方々については、近代・現代川柳史を語る別の場面で大いに評価・顕彰されるべき方々であり、あえて本書には採り上げなかったことを付記しておきたいと思います。また、ぺージ数の関係など諸事情で収録を見送らざるを得なかった方々が、かなりの数に上ったことは返す返すも残念でなりません。(中略)

 思い返せば、つらく苦しい大変な作業でした。精魂尽き果てた感がしないでもありません。達成感よりも徒労感の方が大きいものがあります。一方、長年、川柳に携わってきた者として、少しは川柳文芸に対し恩返しができたのかなあという気持ちもあります。


 とあった。愚生のような門外漢には、川柳を覗き見る際、何かの折に参考になるであろう一書である。全部は到底紹介しきれないので、とりわけ、現在、只今、健在で活躍中であろう幾人かの作品を以下に挙げておこう。


  鏡ひとつ背負ってきつい坂道だ      前田一石

  つま先は今夜踵は明後日         井上一筒

  ガラス触れあう日溜りを逃げてきた    加藤久子

      石鹸が同じ匂いの共犯者        木本朱夏

  馬奔る 馬の姿を抜けるまで      田中博造

  理髪店の椅子で魚の夢を見る      楢崎進弘

  つまらない物を分母に持ってくる    丸山 進

  黒板の馬を足から消していく     佐藤みさ子

  ていねいに背骨を抜いて返される    浪越靖政

  欠伸ふたつむつかしくない生き方を   前原勝郎

  パイプ椅子敵にも味方にもなれる    小島蘭幸

  わが影に収まる生類こそ哀れ      細川不凍

  馬面のまま殴られていいものか     古谷恭一

  傷口を見せずに改札を抜ける      櫟田礼文

  さよならを言わない人の立ち泳ぎ     むさし

  吊革を握ると酸っぱくなる五体     松永千秋

  兄ちゃんが盗んだ僕も手伝った     くんじろう

  咲くときはすこしチクッとしますから 広瀬ちえみ

  ありがとうはしばらく水に浮いている  峯裕美子

  黒ぶどう黒く平等とはゆかぬ      筒井祥文

  式服を山のかなたに干している    樋口由紀子

  じゃが芋ににじむ色気をどうしよう   野沢省吾

  もう降りることもない駅のたんぽぽ   高鶴礼子

  未来にはきっと未来のチョコレート   桒原道夫

  グラビアのからだちぎれる天の川    倉本朝世

  貸しボート一艘離れゆく領土     きゅういち

  ぎゅっと押しつけて大阪のかたち    久保田紺

  ジュラルミンケースの中はさざなみ  清水かおり

  影が鳥のかたちに痩せたから 翔ぶね  倉富洋子

  画数はもっともがいていいんだよ    榊 陽子

  ドアノブの取れた周囲を撫でられる   兵頭全郎

  世界からサランラップが剥がせない   川合大祐


  桒原道夫(くわばら。みちお) 1956年、生まれ。

  堺利彦(さかい・としひこ) 1947年、生まれ。



      撮影・中西ひろ美「小寒は暦以上のさむさかな」↑

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