2013年12月19日木曜日

雪女ならぬ雨女に会う・・・


天気予報は昨夜から、関東南部でも雪か雨と報じていた。
愚生が、かれこれ14,5年は通っている漢方の医療機関がある(健康保険が使えます)。
ここ2,3年は煎じ薬を出してくれるのだが、その薬の調合には一人たっぷり一時間くらいはかかる。煎じ薬の人が4~5人いると、それだけで順番待ちで3~時間はかかる。
雪は少し積もる程度との予報だったので、気持ちはすこしたかぶって初雪の舞うのを楽しみしていたのだ。
しかし、雪はついに舞わず雨、雪女ならぬ雨女の出番のみとなったのだ。
もっとも雪女などというものは、こんな軽い雪ではなく、多くは山中の雪深いところに現われることになっているのだから、都会で雪女を期待するほうが可笑しいにちがいない。

最近、雪女の句といえば、俳人では眞鍋呉夫に指を屈することになりそうだが、なかなかどうして、江戸時代から作はある。

    黒塚のまことこもれり雪女             其角
    大夜著に今宵待けり雪女             言花
    みちのくの雪深ければ雪女郎       山口青邨
        雪女チェルノブイリに到くころか       堀本  吟

眞鍋呉夫(天魚)の句集『雪女』(冥草舎、1992、平成4年)の序句に、
      M-物言ふ魂に
    雪女見しより瘧(おこり)をさまらず

がある。やはり、そこには、現代の病める何かが潜んでいるようである。雪女とは雪鬼と同義である。

上掲の写真の染筆は、1997(平成9)年、11月3日、沼津市大中寺で句碑「花びらと水のあはひの光りかな」が建立された折にいただいたものである。
                        ツワブキ↓

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