2017年9月6日水曜日
関悦史「少年(リトル・ボーイ)の魔羅立つ地平 散り建つ原発」(「鷹」9月号より)・・
「鷹」9月号(鷹俳句会)の髙柳克弘によるインタビューシリーズ「俳人を作ったもの 第11回」は関悦史である。
同じ「豈」同人でありながら、ほとんどプライベートには疎い愚生なので、今号の関悦史のインタビューによって、幼少期からの彼の生い立ちのいくばくかを知ることができた。祖母の介護を語った次の部分にはある種の真実がうかがえた。
関(全略) 祖母は食べ物が何が好みで、これだったら食べられるだろうという判断も、私ならできた。ただ漠然と誰かの役に立ったということではなくて、私以外には誰にも任せられない「のっぴきならなさ」がありました。それで無理やりやっている間に身が軽くなった。自殺への誘惑がやや無くなってきた。
ーー最後に若い人へのメッセージをお願いします。には、
関 あんまりないんですが、強いて言うなら「もっと孤独になりましょう」。若い人たちは非常に多く句会をしている感じがします。(中略)
私はずっと一人でやってきたものだから、みんなすぐレスポンスが来過ぎではないかと思うんです。現代の俳壇の、それも身近な関係内での美意識や流行り廃りに囚われてるのではないか。(後略)
と語っている。
話しは変わるが、先日、『存在者 金子兜太』(藤原書店)を読んでいたら、髙柳克弘の「子馬のように」(兜太さんへの手紙)で、泣かせる文章に出会った。
兜太さんには、以前、秩父で行われる「海程」の俳句道場に招いていただいたことがあります。私を紹介するときに、俳句の世界のじいさん、ばあさんに理解されなくてもいい、俺は分かっているからそれでいい、と言われ、そのあと、控室で一人になった時に、私は涙をぼろぼろ流しました。
という箇所である。若き日の金子兜太もまた、前世代の俳人たちの無理解に対して敢然と闘っていたことを思い出していたに違いない。
ともあれ、関悦史のいくつかの句を以下に挙げておこう。
ヘルパーと風呂より祖母を引き抜くなり 悦史
人類に空爆のある雑煮かな
テラベクレルの霾る我が家の瓦礫を食へ
数千万人人体実験中正月
「あいつ綺麗な顔して何食つたらあんな巨根に」風光る
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