2018年3月7日水曜日

永井千枝子「佐保姫の忘れ櫛かも昼の月」(『たまゆら』)・・



 永井千枝子句集『たまゆら』(雙峰書房)、集名の由来について、著者は、

  集名『たまゆら』は、
   玉響(たまゆら)の滴宿して濃紫陽花
 から採りました。八十五歳になりました今、心身に健やかさと潤いとをいただける俳句を、長年の趣味のコーラスともども続けられるよう願っております。

と記している。また、序文の戸恒東人は、


  俳句を始められたのは、平成十二年六十八歳のとき。コーラス仲間の入江鉄人氏(「春月」編集長)に勧められて「春月」に入会。俳句はかねてから憧れていたものであるが、お子さんたちの自立を待って始められたという。(中略)

  五歳児の手紙読み解き赤とんぼ
  とりあへず目安は米寿大旦

 このように永井千枝子俳句の特徴は、人生の大半を乗り切った自
信からくる安心立命の境地から、対象を優雅に、また該博な知識を駆使して独特の切り口で詠むというところにある。若くしてご夫君を亡くされたが、三人のお子さんを立派に育てたあとに求めて得た俳句という趣味を句集刊行にまで昇華させたのは、たゆみなき努力の賜であったと思う。

と賛辞を惜しまない。ともあれ、以下にいくつかの句を挙げておこう。

  寒木瓜の紅濃き家へ入浴車       千枝子
  濠に母と抱き合ひし日や終戦日
  胞衣(えな)塚は石積むのみや春落葉
  駒草の鈴振るやうに岩陰に
  星涼し晩節の日を積み重ね
  七度の干支にまみえて屠蘇機嫌
  害虫も益虫も皆穴を出づ
  母と子の背戸の青空終戦日

永井千枝子(ながい・ちえこ)、昭和7年静岡県浜松市生まれ。





0 件のコメント:

コメントを投稿