2018年10月11日木曜日

朝吹英和「果てしなき死者の点呼や虎落笛」(現代俳句文庫84『朝吹英和句集』)・・



  現代俳句文庫84『朝吹英和句集』(ふらんす堂)、本シリーズは現代俳人の業績を知るには手軽に読める貴重な一冊である。詩でいえば、思潮社の現代詩文庫の俳句版である。その帯に挙げられている句は、

   遠き日へ降りる階段蟬時雨    英和

 である。解説は長嶺千晶「真夏の戦士ー俳句表現による新たな叙事詩ー」、松本龍子「永遠の青い光ー朝吹英和論」。著者のエッセイは2編「論考・草田男の詩精神継承を目指して」と彼の直接の師への論「磯貝碧蹄館の時間」。その中に、草田男らしさ、碧蹄館らしさが出ている箇所がある。それは、碧蹄館が個人誌を発行したいと中村草田男に願い出た場面である。

 「碧さん、おやりなさい。萬緑としても応援するから」との答えを期待していたが、意に反して草田男は「支部の句会報なのか、そんな事をする必要があるのか」と質された。
 「句会報とは別に個人としてやりたい」と答えた碧蹄館は「やるのは勝手だが萬緑としとてはそういうものをやってもらいたくない」と草田男に拒絶され、「やるのなら萬緑をやめるしかない」と言われたという。(中略)「萬緑から一人も連れてゆかない事」という草田男との約束を守り、碧蹄館は、昭和四十九年三月「愛・夢・笑い」を標旗として「握手」を創刊した。

     草田男師のもとを離る
 窮鼠一匹跳びあがるべく草萌ゆる
 わが罪は百叩きほど金鳳華
     昭和四十九年三月「握手」創刊
 一誌百人手は握るべく春の雪

 碧蹄館は、「握手」の記念会や「握手」同人の出版記念などに、まだ若造だった愚生を招いてくれたり、句集なども贈ってくれたりした。会うと笑顔で接してくれる彼の笑顔も良かったが、いつも「どうだ俺の俳句は・・良いだろう」と自信をもって言うのだった。確かにいつも気迫のこもった句を作り、同時代では、他の俳人に後れをとっていない異色の作風だった。その気迫は草田男の系譜だったろう。余談だが、愚生は碧蹄館の名を聞くと、いつも亡くなった糸大八を思い出す。「握手」に糸大八ありだったのだ。
 ともあれ、本集よりいくつかの句を挙げておこう。

  擦り切れしマタイ伝から秋の蟬          英和 
  調律の単音高し深雪晴
  茉莉花の散り込む空(から)の王座(みくら)かな
  空砲の遠き木霊や夏銀河
  白骨と化すヴァイオリン月見草
  瞑想のチェロの森より春の鹿
  短夜の内耳に潜む死のトリル
  草いきれクルスに軋む釘の音
  木鶏と並びし木偶や星月夜
  永訣と知らず囲みしおでんかな
  寒満月喪服のピエロ佇めり

朝吹英和(あさぶき・ひでかず) 1946年、東京都生まれ。

 

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