2020年1月22日水曜日

原ゆき「花柊わたしたち皆もと胎児」(『ひざしのことり』)・・



 原ゆき第一句集『ひざしのことり』(ふらんす堂)、解説は坪内稔典「胸がときめくーゆきさんのやや難解な句」には、「海がふたつに分かれることもなく紫陽花」の句について、

 (前略)海が二つに分かれるという激しいイメージと、静謐な紫陽花。もちろん、句の中心は紫陽花だが、このゆきさんの句に出会うまで、原始的な海を感じさせる紫陽花を知らなかった。つまり、この句を覚えて以来、紫陽花をみるたびに、ぼくはふたつに分かれる海を連想して胸がときめく。

 という。著者「あとがき」はシンプルだ。

 原ゆき、という名前を/自分につけてみました。
 すると急に、どうしてか/身が軽くなりました。
 せっかく軽くなったので/句集を作ってみることにしました。
 坪内ねんてん先生はじめ/応援してくださった方々に/こころより
 感謝いたします。

  とある。集名に因む句は、

  ことりくるひざしのなかのさようなら      ゆき

 だろう。集中に、

  こころなど無いふりををして雨の花野

 の句があるが、100年ちょっと前に作られた、碧梧桐の無中心論のさきがけとなった句「雨の花野来しが母屋に長居せり」響也の句を思い出した。意外に趣向が似ているように思えたのだ。もっとも響也の句の方がより具体的だが・・・。ともあれ、愚生好みに偏するがいくつかの句を以下に挙げておきたい。

  島国のぐるりは青し冷奴
  冷房車或る夜は森として進む
  夏闇の底まぼろしの馬つなぐ
  敷石は緑雨来るとピアノになる
  芍薬を山ほどいけて近寄る死
  ありったけ小声の雪と出会いけり
  梅はなびら世界とのきわあかりめく
  雲となる予定の蝶を知っている
  氷水だけが正気で泡立つ僕

原ゆき(はら・ゆき)1962年、東京都生れ。



             撮影・鈴木純一 限りなく零に近づく ↑

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