2021年11月13日土曜日

蜂谷一人「海・少女・少量の毒・南風」(『ハイクロぺディア』)・・

 

 蜂谷一人『超初心者向け俳句百科 ハイクロぺディア』(本阿弥書店)、表紙絵や、扉絵もたぶん、著者のものだろう。序に代えて「【ああ】嗚呼」には、


 (前略)世の中には多く入門書があり、懇切丁寧に「わからないこと」を説明してくれます。ところが初心者の方に尋ねてみると「何がわからないのか、わからない」というのです。(中略)そこで、ハイクロぺディアでは「わからないことを初心者にみつけてもらう」ことにしました。

 だから、辞典形式。俳句の百科事典、つまりエンサイクロぺディアです。項目ごとに拾い読みしていただいても結構ですし、初めから順に読んでもらってもOK。辞典ですから、どこかの項目にあなたのわからないことが掲載されている筈です。(中略)

 ハイクロぺディアに並ぶ項目は、私自身が「嗚呼」と嘆息してきたことばかり。出来る限り「暗示→明示」していますので、今から俳句を始めるあなたにきっと役立つ筈です。このささやかな稿が俳句の迷路にまよってしまいそうなあなたの羅針盤とならんことを。


 と記されている。攝津幸彦だから贔屓にして、一項目を例にあげると、


 【きょ】虛

 俳句は写生。事実をありのままに写すことです。その通りではありますがが、何事にも例外はあります。堂々と虚構をうたうのもその一つ。

  ひとみ元消化器なりし冬青空

 シュールレアリスムの絵画を見るような一句。こちらも髙柳克弘さんが「NHK俳句」テキストで紹介していた作品です。消化器は胃や腸のことですから、まるでひとみが冬青空を飲み込んで消化してしまうような不思議な映像が浮かびます。髙柳さんによれば「虚の句は世界に対する別の見方を示し、柔軟な認識・思考への経路を開いてくれる」とのこと。CGを駆使したSF映画のように虚構であっても、差別や戦争など現代が抱える問題を様々な側面から描き出してくれるのです。

 掲句の場合は、何度も口にしていると「ひとみ」が女性の名前のようにも聞こえ、消化器に消火器のイメージが重なってきます。いくつもの仕掛けで、ありふれた日常が、異界のものとして感じられるようになります。まるで溶けた時計が垂れ下がるダリの絵画のように。


 愚生も、まだ全部を読んでいるわけではないが、それぞれに面白そうである。「【おんすう】音数」の項目には、次のように記され、その通りだと納得できる(超初心者でもない、俳人諸兄姉にもよく読んでもらいたい)。

 

 俳句は十七文字の芸術とよく言われますが、誤りです。正しくは十七文字ではなく十七音。和歌が三十一文字と呼ばれることから生じた誤用でしょう。


 と、正しく述べられている。表紙裏帯には、「楽しみながら読める俳句の知識全一八七項目!」とある。ともあれ、著者の句のみなるがいくつかを以下に挙げておこう。


  西瓜割る東京湾に星上げて       一人

  硯には蝌蚪千匹を放つ墨 

  植木屋は頭上に休む万愚節

  群青と青のはざまを遍路たち

  葬儀社と豆腐屋並ぶ秋の虹


蜂谷一人(はちや・はつと) 1954年、岡山市生まれ。


            


      撮影・芽夢野うのき「真白な天空裂いて秋の草」↑

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