2021年11月20日土曜日

中田美子「超現実主義的花嫁秋の虹」(「ユプシロン」NO.4)・・・

 


 「Υ  ユプシロン」NO.4、発行所の中田美子は「あとがき」に、


  この一年で一番心に残ったのは、ある惑星探査機から発せられた電子音だった。ごくごく普通の家電のスイッチを入れた時と同じ、あの「ピッ」という音だ。

 その探査機は地球から八年の歳月をかけて冥王星に向かっていて、その間、すべての機器の動きを止めて消耗を防ぎ、ただそこに存在している、ということを伝えるために、毎日、小さな信号音を地球に送り続けた。(中略)

 この一年、私たち四人もほとんど集まることができなかったけれど、何とか作品集をまとめることができた。小さな着信音のようなこの一冊が、たとえば広大な海の存在を伝えるものであってほしいと思う。

 

  ともあれ、以下に各人の句を挙げておこう。


  どうしても先に進めず水からくり     中田美子

  ももんがを飼うももんがの飛ぶ小部屋

  阿弗利加の木彫のきりん星月夜      岡田由季

  解体の和室あらはに木瓜の花

  金魚玉しずかに閉まる勝手口      小林かんな

  インパネス空はかもめを増やしつつ

  うっかりと如雨露より虹でてしまう    仲田陽子

  眠りつつ老ゆ鬼灯を手のひらに  

 


      
撮影・芽夢野うのき「不法投棄は犯罪です蟹歩む」↑

2021年11月19日金曜日

宮崎斗士「切り株は静かな器兜太の忌」(「豈」第64号)・・・


 「ー俳句空間ー・第4次・『豈』第64号」(豈の会)、第6回攝津幸彦記念賞発表・選考経過。特集は「兜太はこれからどう発展するか?」には外部から宮崎斗士、また通算では三度目となる「豈俳人名鑑」(①入会号数・②主要著書名など・④受賞歴・⑤代表句3句・⑥その他)、「豈」同人著作評では竹岡一郎「加藤知子『たかざれき』」評など。筑紫磐井は「『悪魔の俳句辞典」と「「池田澄子は何処」と「追悼・北川美美」など、。「豈」本誌は事実上年刊になっているが、それでも、それなりに、各人個々のエネルギーが感じられる内容だった。ちなみに特別作品40句は、大井恒行・城貴代美・高山れおな・亘余世夫。

 第4次の本号からは、印刷所もふくめ、発行体制の全面改革で、発行人・筑紫磐井にほとんどの負担をかけている。それでも、今後の見通しとしては、超高齢化の進む「豈」が、耕衣流ではないが、衰退のエネルギーを出し続けていけそうである。ともあれ、攝津幸彦記念賞を含め、できるだけ多くの同人の句を以下に、挙げておきたい。


  古人K朝臣の歌集に「天海丹 雲之波立 月舟 星之林丹榜隠所見」(七・1068)と詠じあり、現人Qは「夥し天を支へる血の柱」と、幻でない風に葉の騒めきを感じ句業

   一系舟の

      末

     星林

   千代風画                夏木 久


   初夏や素直な手のひらで触れる     なつはづき

   春しずかキエフの門に核の雨       大井恒行 

   目隠しの遊びをせんと梅雨の月      城貴代美

   元旦や此処に刺さりて影法師      高山れおな

   ぬばたまの夜の茂みの黒うさぎ      亘余世夫

   前近代誤倫不参加六名         安男亭翰村

   ちちちちと蜥蜴の舌は日を盗み      飯田冬眞

   女人微笑むかつて火柱やがて霧      井口時男

   あら鷹の日の班零れけむ         池谷洋美

   テレビニュースのあぁ熱そうな夏の火事  池田澄子

   人流は片蔭を往き花しづめ       打田峨者ん

   学歴をブリキの象に言わされる      岡村知昭

   瞑(めつむ)るや鼓動は水脈の音に消え  加藤知子

   身から出た錆を沈めて燗の酒       鹿又英一

   知らぬまに道濡れてゐる十二月八日    神谷 波

   

   身を清め

     身を沈め

     砂の掟 

     砂の罠               神山姫余


   遮断機をくぐって行った蟻の列      川崎果連

   東京の蟬の爆死と歩むなり       川名つぎお

   ガリ切りの肩叩かるも振り向かず     北村虻曵

   うなじあらばうしろもありぬ夏の闇   倉阪鬼一郎

   改札を入って不意に過剰なる       小池正博

   死の灰を忘れて咲いたすみれ草     小湊こぎく

   乗り降りもなくドア閉まるレノンの忌   五島高資  

   わたしからわたしが剥がれゆく良夜    堺谷真人

   「男性版産休可決」雉子鳴く       坂間恒子

   

   こころてん

   突き出る煙

   呑みにけり              酒巻英一郎


   つきなみの此岸の涯のけぶりたる     佐藤りえ

   ゲルニカに音を加える大夕立      杉本青三郎

   去年今年棒もとまり木もありぬ      関根かな

   暗闇の下人の汗ぞ火をはなつ       妹尾 健

     令和3年5月11日

   けふ息をひきとりました私の母は    妹尾健太郎

   霊長の尾より朽ちゆく花吹雪       高橋修宏

   白壁に虹の侵入ゆるさぬなるしすと   高橋比呂子

   手花火のふいに横切る老女かな      田中葉月

   落ち蝉をうちぶせにしてやるだけ     照井三余

   無限道を虚数の列が走っている      冨岡和秀

   凍てつくや原発補助の地方町       中島 進

   黒幕はやっぱり君か島ふくろう      中村冬美

   ひかうきの変態しゆく蛾の過程      橋本 直

   炎昼やマリオネットになき背骨      秦 夕美

   ばら色という薔薇の色薔薇ばらばら   羽村美和子

   押しピンを数えていけば万屋に     樋口由紀子

   夢の世に棲みて白髪愛おしむ       福田葉子 

   放念と声かけられる梅花藻に       藤田踏青

   地球儀は小さく青し春立つ日       渕上信子

   人類に長わづらひの咳あらん       干場達矢

   山笑ふ阿鼻叫喚も多少の縁       眞矢ひろみ

   あめんぼう明日はいつも目分量      森須 蘭

   堪忍袋など秘めている水中花       山﨑十生

   

   少年は白蓮を頭上に

   少女は紅蓮を

   スコール 滴るアジア           山村 曠


   八月の白から無へと変わる音        山本敏倖

   日常や色とりどりの夏マスク       わたなべ柊

   澁澤栄一(シブサワ)は韓国の札(さつ)草生える 仙川桃生

   冷まじと流木で編むベビーベッド     堀本 吟 

   蛇穴に入るたいがいはすぐに入る     男波弘志

   換言すれば換喩はすべて君への嫉妬   大橋愛由等

   見ず知らずの妻に出会へり夕ひぐらし   筑紫磐井


★・・第7回攝津幸彦記念賞 募集(正賞1作品)・・・

  ・内容 未発表作品30句(川柳・自由律・多行句も可)

  ・締切 令和4年5月末日

  ・書式 応募は郵便に限り、封筒に「攝津幸彦記念賞応募」と記し、原稿(A4原稿用紙)には、氏名、年齢、住所、電話番号を明記してください(原稿は返却しません)。

  ・選考委員 筑紫磐井以外は未定

  ・発表 「豈」65号

  ・送付先 183-0052 府中市新町2-9-40 大井恒行 宛



          撮影・鈴木純一「飛行雲テクノロジーは魂魄と」↑

2021年11月18日木曜日

長谷川和子「ラグビーの勇者優者の顔揃う」(府中市生涯学習センター秋季「現代俳句講座」)・・

 

 

 今日、11月18日(木)午後2時~4時は、府中市生涯学習センター秋季「現代俳句講座」第4回であった。残すところ、あと一回(12月9日)の、その日は、自主的な句会形式で進めたいと思っている。本日は、当季雑詠に、言葉「優」の一語を入れた句を一句という宿題が出してあり、計2句の出句だった。講座終了後、一階のレストランで30分程度のコーヒータイムで楽しんだ。ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。


  抱き枕優しさ香る小春かな         杦森松一 

  凍る朝優しさのこし父は逝く        井上芳子

  凛としてくれなひ優る冬薔薇        山川桂子

  日向ぼこ「そういえばね」と母話す    長谷川和子

  優れ人も憂きことのあり日向ぼこ      井上治男

  冬めくと母の優しさ懐かしむ        清水正之

  ボレロにのって昌磨のフィギュア冬の華  久保田和代

  落葉掻き玉虫見つけ至福とす       壬生みつ子

  月冴えて赤蕪照らす稲木(いなき)ごと   濱 筆治

  木もれ日に赤や黄色の絨毯冬仕度     大庭久美子

  冬霧に火の見櫓の昭和かな         大井恒行



     撮影・中西ひろ美「奥多摩や枯れ究むまでが一入」↑

2021年11月13日土曜日

蜂谷一人「海・少女・少量の毒・南風」(『ハイクロぺディア』)・・

 

 蜂谷一人『超初心者向け俳句百科 ハイクロぺディア』(本阿弥書店)、表紙絵や、扉絵もたぶん、著者のものだろう。序に代えて「【ああ】嗚呼」には、


 (前略)世の中には多く入門書があり、懇切丁寧に「わからないこと」を説明してくれます。ところが初心者の方に尋ねてみると「何がわからないのか、わからない」というのです。(中略)そこで、ハイクロぺディアでは「わからないことを初心者にみつけてもらう」ことにしました。

 だから、辞典形式。俳句の百科事典、つまりエンサイクロぺディアです。項目ごとに拾い読みしていただいても結構ですし、初めから順に読んでもらってもOK。辞典ですから、どこかの項目にあなたのわからないことが掲載されている筈です。(中略)

 ハイクロぺディアに並ぶ項目は、私自身が「嗚呼」と嘆息してきたことばかり。出来る限り「暗示→明示」していますので、今から俳句を始めるあなたにきっと役立つ筈です。このささやかな稿が俳句の迷路にまよってしまいそうなあなたの羅針盤とならんことを。


 と記されている。攝津幸彦だから贔屓にして、一項目を例にあげると、


 【きょ】虛

 俳句は写生。事実をありのままに写すことです。その通りではありますがが、何事にも例外はあります。堂々と虚構をうたうのもその一つ。

  ひとみ元消化器なりし冬青空

 シュールレアリスムの絵画を見るような一句。こちらも髙柳克弘さんが「NHK俳句」テキストで紹介していた作品です。消化器は胃や腸のことですから、まるでひとみが冬青空を飲み込んで消化してしまうような不思議な映像が浮かびます。髙柳さんによれば「虚の句は世界に対する別の見方を示し、柔軟な認識・思考への経路を開いてくれる」とのこと。CGを駆使したSF映画のように虚構であっても、差別や戦争など現代が抱える問題を様々な側面から描き出してくれるのです。

 掲句の場合は、何度も口にしていると「ひとみ」が女性の名前のようにも聞こえ、消化器に消火器のイメージが重なってきます。いくつもの仕掛けで、ありふれた日常が、異界のものとして感じられるようになります。まるで溶けた時計が垂れ下がるダリの絵画のように。


 愚生も、まだ全部を読んでいるわけではないが、それぞれに面白そうである。「【おんすう】音数」の項目には、次のように記され、その通りだと納得できる(超初心者でもない、俳人諸兄姉にもよく読んでもらいたい)。

 

 俳句は十七文字の芸術とよく言われますが、誤りです。正しくは十七文字ではなく十七音。和歌が三十一文字と呼ばれることから生じた誤用でしょう。


 と、正しく述べられている。表紙裏帯には、「楽しみながら読める俳句の知識全一八七項目!」とある。ともあれ、著者の句のみなるがいくつかを以下に挙げておこう。


  西瓜割る東京湾に星上げて       一人

  硯には蝌蚪千匹を放つ墨 

  植木屋は頭上に休む万愚節

  群青と青のはざまを遍路たち

  葬儀社と豆腐屋並ぶ秋の虹


蜂谷一人(はちや・はつと) 1954年、岡山市生まれ。


            


      撮影・芽夢野うのき「真白な天空裂いて秋の草」↑

2021年11月12日金曜日

植田いく子「片耳は空耳に似て冬雲雀」(『水でいる』)・・・

 


 植田いく子第一句集『水でいる』(山河叢書)、序は、松井国央「今という背景 染み渡る清潔感ー序にかえてー」の冒頭には、


   薄氷の一歩手前の水でいる

 この句集の表題となっている作品だ。また、植田いく子さんご自身の精神性を覗かせてくれるような作品でもある。

 おりしも昨今は人類を脅かす新型コロナウイルスのパンデミックの中、世の中は経済格差と分断が顕著になり、地球環境の保全からカーボン・ニュートラルへの対応も急がれている。暮らしを顧みればデジタル化は加速、リモートワークによる働き方改革等と、私たちが馴染んできた日常と大きく変わろうとしている。そんな中で「一歩手前の水でいる」姿はいく子さんの生き方、あるいは俳句に対する決意のようにも見えてくる。


 と記されている。また、著者「あとがき」には、


 コロナ禍のつれづれに句集を編むことを思い立った。俳句に出会ってから十八年になる。初めて句会というものに参加し、こんな世界があったのかと衝撃を受けた。初投句した時の気持ちは忘れ難い。恥ずかしさと訳のわからなさで身の細る思いであった。今でもその気持ちに変わりはない。(中略)日々俳句を通して受ける様々な恩恵は計り知れない。三百句を選び年代順に表題を付け配列した。ノートを読み返すたびのその時々の句会がよみがえり、かけがえのない時間を過ごすことができた。


 という。ともあれ、愚生好みに偏するが、以下にいくつかの句を挙げておこう。


   黙祷のアナウンスあり春の駅      いく子

   半周を残して帰る花見かな

   重陽の裏から入る親の家

   石橋の石の来歴石蕗の花

   刃を入れるたびに尖っていく西瓜

   家族という危険水域田水張る

   詰め込んでまだある隙間晩夏光

   ペン立てに孔雀の羽や天の川

   未来より過去が不確か冬の霧

   ふいに来るその日はいつか凧

   芹の水未生の我に会いに行く


 植田いく子(うえだ・いくこ)、1948年、福岡県小倉市生まれ。 



      
撮影・鈴木純一「縷紅草なにをやってもキョトン顔」↑

2021年11月11日木曜日

山川桂子「朋友逝きて空は真青な”がらんどう”」(府中市生涯学習センター「現代俳句」講座)・・

          


 本日、11月11日(木)午後2時~、府中市生涯学習センター秋季講座第3回目であった。講座風景は撮り忘れたので、看板と一階食堂からの風景にする(帰りに30分程、コーヒーで歓談)。前回の宿題は2句持ち寄りのうち、一句は「朋・友」の言葉を入れて、無季句作ってくることと、もう一句は当季(冬)雑詠一句である。

 また、無季句の持ち寄りに因んで、三橋敏雄「いつせいに柱の燃ゆる都かな」と鈴木六林男「遺品あり岩波文庫『阿部一族』」の句を紹介し、かつ、鈴木六林男はおちょこでビールを飲んでいたというエピソードを話し、三橋敏雄は、航海で陸に上がると待ち受けている三鬼の飲み屋のツケをみな払っていたことなどを紹介した。もちろん両名とも西東三鬼の弟子であったことも・・・。

 次回11月18日(木)は、当季雑詠(冬)2句、その内一句は「優」の言葉も入れて作句する、という宿題。ともあれ、以下に、本日の一人一句を挙げておきたい。

  

   山里を墨絵に刷(は)いて時雨かな    清水正之

   小春日や青虫の這ふブロッコリー    久保田和代

   寝てばかりの犬を友とし日暮けり     井上治男

   枯菊を焚きて今年の庭じまい       山川桂子

   旧友は消息不明冬夕焼         長谷川和子

   秋晴れに誘われ歩くあてもなく     大庭久美子

   十余年公園清掃無二の友        壬生みつ子

   諦念や疫禍の日々に傘寿たる       牧野玲子  

   笑いあい友と語らう奥多摩路       井上芳子

   犬火葬骨なぞる指尻尾(しっぽ)まで   濱 筆治

   ほろ酔いのこれから先は親友だ      杦森松一

   朋よ朋へこの道の雲に陽が射す      大井恒行 



撮影・芽夢野うのき「しのび逢いという名ではない紅いダリア」↑

2021年11月10日水曜日

遠山陽子「紅葉かつ散るぐわんばらないでぐわんばれない」(『遠山陽子俳句集成』)・・・


  遠山陽子『遠山陽子俳句集成』(素粒社)、同送されてきたのは、遠山陽子『三橋敏雄を読む』(弦楽社)である。集成の「あとがき」には、


 気がついたら、なんと米寿と言われる齢になっていた。心身の衰えをつとに感じるこのごろ、これを機に生涯の総まとめをしておきたいと考えたのである。既刊の五句集に、未刊の第六句集『輪舞曲(ろんど)』を加え、一書とした。


 とある。その『輪舞曲』の解説は、永島靖子「ひたすらな響き」、福田若之「折句と割句、そのうえに立ち現れるもの」の二名。永島靖子は「最も古いお付き合いがあり、年齢も私に近い」といい、福田若之は「最も新しい友人で年齢も一番若い」という。その福田若之は、


 (前略)折句とは、ある言葉をひとつひとつの文字に分けて、俳句なら五七五のそれぞれの頭や末に、順に詠みこむことをいう。(中略)右に挙げた『輪舞曲』の一句は(愚生:注「風車守無骨な髭で着ぶくれて」)、各句の頭文字が「ふ」「ぶ」「き」で、「吹雪」の折句として書かれている。こうなると、一句に織りこまれた吹雪を読むか読まぬかによって、風車を回す冬の風や、着ぶくれた風車守の趣もいくらか違ってくるだろう。(中略)

 折句のほかに、割句というのもある。

  言の葉のごと風花の舞ひて来し       『輪舞曲』

 山からの風に乗って運ばれるなどして、晴れた空に雪が舞うのを風花という。一句は、まず、白くきらめくその風花をひとひらの言の葉に喩えたものと読める。人語を葉に喩え、喩えを喩えに喩え、さらにそのうつろう姿を舞に喩えー一句の喩はイメージの乱反射を起こし、まさしく冬の光のなかに舞う風花のように、めくるめくありさまだ。けれど、それだけではない。

 割句は天地とも呼ばれ、ある言葉を二つに割って、一句の頭と末に詠みこむことをいう。これも。もとは折句から派生したらしい。右の句は、「こと」にはじまり、「し」に終わる。一句は「ことし」すなわち「今年」という語の割句であったというわけだ。「今年」という語は、とくに俳句においては、新年の題として、明けて迎えたその年を指す。(以下略)


 と述べている。本修成には、精緻を極めた「自筆年譜」が巻末に置かれている。じつは、これを読むだけでも、興味が尽きない。また、同送された『三橋敏雄を読む』は、遠山陽子個人誌「弦」(第37号・平成26年~第43号・令和3年)に連載された作品評「三橋敏雄を読む」に加筆修正したものとエッセイ「先生のと時計」「先生の机」が収載されている。

 集名に因む句は、


  春濤の輪舞曲(ろんど)かの世の友の数    陽子


 だろう。ともあれ、未刊句集『輪舞曲』より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておきたい。


  孵らざる卵は転げ春の村          陽子

  愛人もこひびとも老いさくらかな

  芭蕉敏雄陽子申年永遠の春

  日の丸を噛み一月の天袋

    悼 中村裕さん 網走にて

  君逝きて二夜のはぐれ流氷よ

  雪虫を顔もて払ひ軍港へ

  残照の雪嶺いづれ行くところ

  帰去来(かへりなんいざ)星かざる冬欅

  0番線ホームに待てばほととぎす

  虫を聴く原爆以後の月日かな

  人はなぜ鬼を討つのか冬怒濤

  白い太陽駱駝は宙を嗅ぐしぐさ

  さくらさくら逢はぬ日の尾がまた伸びる

  月赤し馬齢怖ろし飯おそろし

  果て知れぬ花の奈落やわが昭和

  

遠山陽子(とおやま・ようこ) 1931年、東京市淀橋区(現・西新宿)生まれ。



           撮影・鈴木純一「①散りもみじ

                   ②残るもみじ

                   ③分からない」↑