2019年11月8日金曜日
久々湊盈子「スカートから細き足出し訓示する防衛大臣は戦に行かず」(『麻裳よし』)・・
久々湊盈子第10歌集『麻裳よし』(短歌研究社)、装幀・倉本修。集名の由来については、熊野三山行の折のことで、著者「あとがき」に、
(前略)標高一二〇〇メートルの玉置山は霧に包まれていたが、ちょうど満開となった石楠花が玉置神社を覆い尽くさんばかりに咲き乱れていた。
といういきさつから、集名とした『麻裳よし』はこの二年間でいちばん心に残った熊野の旅の一首、
麻裳よし紀路は卯の花曇りにて瀬音に耳をあずけて眠る
からとることとした。『万葉集』には「麻裳よし」という枕詞を使った長歌・反歌が六首あるが、その昔、紀伊の国から良質の麻を産出したことから「紀・城」にかかる枕詞になったという。
とある。巻末に、「時は韋駄天ー平成じぶん歌」と題して31首が収められている。それは平成元年から年ごとに一首、最後は「平成三十一年 そろそろ人生の先が見えてきた 自動車の運転ができるのもあと何年か心して旅を楽しんでおかなくては、と思っている」の詞書に続けて、
旅の夜を濃くするものは窓ちかきせせらぎの音、枕辺の酒
の歌で結ばれている。著者は酒がよほど好きらしい。集中には酒の句も目に付く。平成14年のもう一首を挙げておきたい。それは、著者の義父であり、新興俳句運動の推進者だった俳人・湊楊一郎のことを詠んだ歌である。
平成十四年 舅昇天百二歳 遺産問題紛糾 娘に長女生まれる
〈夢はただ藪を抜けんとする牡鹿〉最後まで洒脱でありし舅(ちち)昇天す
ともあれ、集中より、いくつかの歌を以下に挙げておきたい。
銃声の一発で割れそうな青空に湧き出で無数の赤卒(せきそつ)の群れ
豊満なおみなが盥に湯浴みするわが「盈」の字を『字統』に見れば
定年を延長して労働を強いらるる若狭の国の巨大冥王(プルート)
放射能汚染の有無をみるために飼わるる小鳥も交接の季
花曇りの河岸に残りし白鳥が飽かずすなどる 沈黙の春
解凍してお読み下さいわたくしの圧縮したる三十一文字は
癌死とは餓死にほかならず一匙の粥も通らず姉は死にたり
空爆地あかく記され拡大す人血を無量に吸いたるしるし
冷凍庫に舌いっぽん秘めもちて動物愛護の署名に応ず
消し難く歴史は残るガス室もカティンの森も人間(ひと)の為(せ)しこと
明日への喜び失せしこの国を〈のぞみ〉が走り〈かがやき〉はしる
民の字に罒(あみがしら)かければ「罠」となる共謀罪とは大いなる罠
学徒隊川崎寧子と名の残るワンピースは少女を記憶しおるか
サラダ記念日ならず七月六日はオウム大量死刑記念日
世界遺産の準備おさおさ人類は心おきなく滅んでゆける
平成二十四ねん 第八歌集『風羅集』出版 俳人で時代小説も書いていた姉大
腸癌にて死す
姉の無きこの世となりて俳句にも潜伏キリシタンにも興味失せたり
久々湊盈子(くくみなと・えいこ) 1945年、上海生まれ。
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