原満三寿第7句集『齟齬』(深夜叢書社)、帯の背の惹句に、「ポエジーと俳諧」とあり、表紙帯には、
万緑や/還らぬ馬が/駆けぬけり
山川草木悉皆成仏ーどよめく生命の諸相をあざやかに掬い、「還らぬものを還さんと」する魂鎮めの第七句集。
遊行する精神、〈俳諧自由〉の極致
とある。集名に因む句は、巻尾の
齟齬を巻く還らぬものを還さんと 満三寿
であろう。そして、著者「あとがき」によると、
このたびの『齟齬』という題には、各別深い意図はありません。昨年、書家の石川九楊氏の『石川九楊自伝図録 わが書を語る』(左右社)を読み進めていると「齟齬」という語にいきあたって、その四角張った頑固そうな字面は、わが面構えに似ているかと思いましてね。そしてその脱臼したような意味合いの面白さにも惹かれたのです。字統によれば、擬声的な語といいます。
氏も「『齟齬』という作品がぼくの八〇年代のデザイン的な発端となりました」と言っておられるところから、私と共感するところがあったのではと愚考します。
と記されている。また、年内には「八十才になります」とあって、愚生が原満三寿に、多賀芳子宅の句会で初めてお会いしたときから、ほぼ30年の歳月が経っているのかも知れないと、感慨が湧いた。それ以後、思いがけず、インドネシアの影絵芝居、ガムランの演奏など、ワヤン協会の催し、また、吉祥寺での金子光晴展(彼は金子光晴研究の第一人者でもある)などでお会いして以後、これはもう20年近くはお会いしていないのではないかと、思ったのである。最初にお会いしたときは、たぶん、金子兜太の「海程」が主宰誌になった直後?くらいで、すでに「海程」を大石雄介、谷佳紀などとともに辞され、「ゴリラ」という同人誌を発行されていたように思う。ともあれ、集中より、愚生好みになるが、いくつかの句を挙げておきたい。
日だまりがうごけば死人もうごくかな
陽とつるみ溶けて忘我の雪うさぎ
臨死のA幻肢のOや夏果てる
どの面もその面なりの犬ふぐり
降る雪やお伝は斬首・新平梟首
*高橋お伝は最後の斬首刑、江藤新平は最後の梟首刑
太棹は弾くか叩くか蕎麦の花
ある犬は夕焼雲まで延びをする
鬼退治かみかぜ桜ええじゃないか
枯蟷螂〈さびしさだけが新鮮だ〉
むざんやな瀕死の白鳥 死ねず舞う
青柿の照りもすっぽりポケットに
お生れもお迎えもあり熱帯夜
じゃんけんぽんあいこがなくてくれのこる
夜行性の噬(か)んだる臍(ほぞ)にも喜寿きたる
老い桜 水面のおのれに あんた誰
三春を二人部屋にて一人病む
原満三寿(はら・まさじ) 1940年、北海道夕張生まれ。
芽夢野うのき「見えない光が枯れすすむ日烏瓜」↑
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