2020年10月26日月曜日

山本つぼみ「虹の根に数へきれざる落し物」(『伊豫』)・・・


  山本つぼみ第6句集『伊豫』(日相出版)、著者「あとがき」には、


 「伊豫」は私の第六句集となります。亡き夫山本邦夫の出自、愛媛県松山市を拠り所とした「磯千鳥亡夫育てしは伊豫の海」からの題名で、夫逝いてとりのこされた五年の歳月に瀬戸内の海の蒼さを思わない日はなかったことへの追認ともなりました。

 どう足掻いても二〇二〇年の十二月十日には八十八歳です。それなりの倖せな人生を歩き通すことが出来たのは、身めぐりのすべての方々のお陰であると思っています。


 とある。そして、また、


 八十八歳も通過点の一つという平常心は持ち合わせているつもりですが、区切りの意味で『依知』以后の句をまとめることを思いつきました。夫の祥月命日の五月二十四日までの二〇二〇年です。今となっては俳句がすべてであったように思われ、そして何と倖せな人生だったのかと、あらためてふり返っております。自由に表現が出来る世の中であったことも、戦争で多くを失った代償としての「平和」の中での自由として大切に守り続けなければならないと思っています。言論弾圧のいつか来た道の暗雲も感じられる昨今、再び戦争への道に逆戻りさせない爲の努力は今後も続けます。


 との志も披歴されている。それにしても、いちいちは挙げきれないほどの多くの追悼句が、本集を満たしている。それだけ、多くの大切な人を見送られてきたのだと思う。そういえば、金子兜太は、毎朝、立禅をするとき、毎回、亡くなった朋の名を一人一人口の端に、呟き、100人ほどになると、その立禅を終えると言っていた。それだけ、長い人生を経てきたということでもある。ともあれ、集中より、愚生好みに偏するが、いくつかの句を挙げておこう。

   

    海よりは上らぬ遺骨敗戦忌         つぼみ

       三・一一・気仙沼を思う

       泰子よ、道代、汀秋、照男、三重子・邦泰よ、

       そして光洋の家族よ。

    生きてあれ生きよ余寒を釘づけに

    九十九鳴(くぐなり)の鳴砂椿の潰えしか

    梅林を抜けここよりは殯(もがり)の森

    逢ひたしや供花に九月をあふれしめ

    空耳にふりむく虛(うつ)け著莪の花

    殉国に風化はあらじ冬月光

    それぞれの切符片道木の実落つ

    何負うて還られし神被曝地に

    予科練を死語とせし世の寒き駅

    地の塩を欲る核まみれの佐保姫

    雪沓や否応もなき誕生日

    あさなさの献茶本日養花天


山本つぼみ(やまもと・つぼみ) 1932(昭7)年、厚木市生まれ。



        撮影・鈴木純一「曼陀羅華暗くなるまでここで待ちます」↑

0 件のコメント:

コメントを投稿