2019年6月2日日曜日

金子兜太「朝蟬よ若者逝きて何んの国ぞ」(国民文芸 俳句の力 第20回記念講演会「金子兜太の世界」)・・



三鷹市公会堂ホールへ長蛇の列↑


映画監督・河邑厚徳↑


左・黒田杏子、右・マブソン青眼↑


 本日2日(日)は、三鷹市公会堂・光のホールで、「国民文芸 俳句の力 第20回記念講演会『金子兜太の世界』」(主催・出版NPO「本を楽しもう会」)が開催された。第1部は映画「天地悠々 兜太・俳句の一本道」の予告編と、この日のために、河邑厚徳監督が特別編集した、昨年2月6日に、金子兜太が入院する数時間前の「兜太さん最後の言葉」が上映された。第2部には、黒田杏子&マブソン青眼のトークセッションだった。
 マブソン青眼は、3月2日付けフランス日刊紙「ルモンド」の兜太訃報の記事を日本語訳して紹介したり、長野県上田市「無言館」近くに、新興俳句弾圧事件を、思想、言論、表現の自由を求めたものとして、「弾圧不忘の碑」を昨年・建立するに至った経過など(愚生も建立呼びかけ人の末席をけがした)、また黒田杏子は兜太20句を読みながら、これまで明かされることのなかったエピソードを数多く語った。
 アビゲール・フリードマン(杏子主宰「藍生」会員でもある)からのメッセージには、

 マブソンさんへ

金子兜太の業績を語る今日の会にあなたも出席して、黒田杏子先生とともに語り合うと知ってとても嬉しいです。

兜太の業績を積極的に紹介するだけでなく、彼の働き=世の中を変え、好戦的な風潮に抗うその姿勢を受けつぐあなたの活動を、とても誇らしく思っています。

今日の会にもしも私もご一緒できたら、どれほど嬉しかったことか。遠くワシントンから、盛会を祈っています。

アビゲール・フリードマン

とあった。



黒田杏子選・金子兜太20句↑

 会場は700名のキャパがあったが、満員で、黒田VSマブソンの熱い語りに、熱気と笑いに包まれていた。以下にその20句から・・・

白梅や老子無心の旅に住む   兜太
水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
湾曲し火傷し爆心地のマラソン
デモ流れるデモ犠牲者を階に寝かせ

デモの句では、黒田杏子が、60年安保闘争時、樺美智子忌になった6・15に同じ国会前に参集していた、と語った。

谷間谷間に満作が咲く荒凡夫
夏の山国母ひてわれを与太と言う
春落日しかし日暮れを急がない
河より掛け声さすらいの終るその日 



2019年6月1日土曜日

石部明「軍艦の変なところが濡れている」(『慧光ー〔報恩〕のエクリチュール2』より)・・


 
 森山光章評論集『慧光ー〔報恩〕のエクリチュール2』(不虚舎)、前回の『爲説ー〔報恩〕のエクリチュール』に続く一本である。書下ろし評論集。句集、小説、詩集など14編を収載。森山光章には、すでに多くの著作があり、これで20冊目だ。他に個人誌「不虚」を発行している。小説家・帚木蓬生は実兄。「後記」には、

  表題は、『妙法蓮華経・如来壽量品』の「慧光照無量」から取った。これらの文章は
、前の評論集『爲説』と同じく全て〔報恩〕のエクリチュールである。感謝のみがある。それらの〔出会い〕によって、わたしがある。〔終わり〕の闇(・)に、〔梅花〕が匂っている(・・・・・)

 と記されている。自己宣伝めくが、愚生についての批評を、これまで長い間、余り目にしないので、嬉しさも手伝って披露する。冒頭に「曇天もまたかぎりなしー大井恒行句集『風の銀漢』を読む」が収められている。その中に、

 夏石番矢『真空律』は一九八六年、冨岡和秀『テレパッスウル』は一九八ハ年に刊行されている。八十年代後半(・・・・・・)は、〔現代俳句〕にとって、最も有意義な時代(・・・・・・・)であった。高柳重信・加藤郁也以後の(・・・)の「新たな領域」の開示(・・)が達成されている。〔俳句〕に於ける一つの〔頂点〕に、達している。未(いま)だ、この〔頂点〕は越えられていない(・・・・・・・・)。やはり、そこには錯誤(・・)があるのだ。(中略)

  天心の浜薔薇(はまなす)に朋たてこもる
  春雨のふれば十年水漬く旗
  起(た)て秋風、一句半解の情(こころ)をいいて

 共産主義は、〔本有(ほんぬ)共産主義〕がある。しそれは、マルクス・レーニン・毛沢東等の思想とは、関係ない(・・・・)。それは〔浄土〕の建立(・・)の思想の謂(いい)である。〔詩人〕は、いや〔人間〕は、この〔本有(ほんぬ)の共産主義〕を志向する(・・・・)(中略)〔佛〕の説いたものが、この〔本有(ほんぬ)共産主義に他ならない。
 「旗」は、〔終わり〕の闇(・)に、厳然としてはためいている(・・・・・・・・・・・・)。〔魔(タラズ)は、砕滅されることを待っている。〕
 
 と述べられている。この他にも林桂句集『銅の時代』、江里昭彦句集『ラディカルマザーコンプレックス』、西川徹郎句集『町は白緑』、長岡千尋歌集『天降人(あもりびと)』、倉本朝世句集『硝子を運ぶ』、「〔終わり」の蓮ー土谷香寿子の詩作品を読む」などが収められいるが、「如蓮華在水ー夏夕輝『露之丞絵巻』を読む」から、森山光章にしては珍しく、通俗譚を記しているので、それを引用しておきたい(貴重なことだと思うので・・、原文旧字)。

 (前略)松尾氏との交流は、長くて深い(・・・・・)。松尾氏との交流は、創価学会・文芸部の活動を通してである。文芸部の活動は、毎月、福岡市の会館で実施されていた。選挙(法戦)中も実施された。〔文学は、法戦とは関係はないのだ〕。そこには、九州文芸部部長、玉井保人氏の深い配慮(・・・・)があった。
 年に一回、文芸部の研修旅行が実施された。場所は、「九重」が多かった。読売新聞で評論家の秋山敬氏、共産党の奥様をもつ三又喬氏、俳人の山代あづさ氏、井上副会長の奥様・井上みのり氏、北原白秋と同族の評論家・原達郎氏、生化学者で詩人の日高三郎氏、三十歳若い女性と結婚した小説家・古岡孝信氏、三島由紀夫の秘書(愛人)の小説家・福島次郎氏、小説家・村田喜代子氏が参加された。「九重」は「長湯温泉」が多かった。そこでは、福島氏の三島由紀夫との「愛の関係」を、朝まで聞かされた。そして古岡氏は言った、「九重では、猿と山頭火が入った温泉は残っている」と。それは、〔帰らざる日々〕であった。
 わたし達は、〔九重の誓い〕をはたした。そこには、〔終わり〕の闘争(・・)のみがあった。有難うございました。

 と結ばれている。ともあれ、各章から一句、もしく一首を挙げておこう。

  愛しをり狂者としての朔太郎           林 桂
  乱暴しないで 別の乱暴をして         江里昭彦
  水底の砂さらさら流れる行商(あきない)の母よ  来 空
  便器を河で洗いしみじみ国歌を唄えり      西川徹郎

  結氷期

  のっぺらぼうを組織せよ            高原耕治

  人麻呂の慟哭(なげき)を今に聞くごとし 淡路島影波しぶく見よ 長岡千尋
  人類の滅びを待てる万物の呪言聞きつつもうぢき桜        佐古良男
  かたっぱしからあざみぬかれてゆくひつぎ   倉本朝世
  天皇家に差し出す良質の生殖器        渡辺隆夫
  性愛はうっすら鳥の匂いせり         石部 明 


 森山光章(もりやま・みつあき) 1952年生まれ。

         

2019年5月31日金曜日

親泊ちゅうしん「忌日なし遺骨なしです沖縄忌」(『アイビーんすかい』)・・

 

 親泊ちゅうしん句集『アイビーんすかい』(アローブックス)、栞文「句集『アイビーんすかい』に寄せて」は、池原えりこ「消えたものの影」、池宮照子「ちゅうしんさんの一人遊び」、岸本マチ子「影のように沁みる」、のとみな子「へんてこ」、宮城正勝「親泊ちゅうしん俳句の特徴」、高嶺剛「アイビーんすかいについて」。装画の水彩画はローゼル川田。俳号・親泊ちゅうしんはローゼル川田のことである。
 帯の惹句には、

  言葉は絵になって過ぎ去る
    ふとした身体感に消えない後味がのこる
    言葉で終わらせない空間の感情

とある。栞文の宮城正勝はその中で、

  今度、親泊ちゅうしんの俳句をまとめて読んで気づいたことは、、「切れ」がほとんどないということ。この句集に収められた一六〇句のうち、「切れ」があるのは三句(「や」が二句、「かな」が一句)だ。もうひとつの特徴は口語俳句であるということである。(中略)
 もちろん一句のなかに文語がまじっているのもあるが、それは音数を整えるためか無意識に混じってしまったのではないかと思われる。

と述べている。また、本人に便りには、

 2008年から2018年までの10年間にわたり、仕事や連載のすき間で作句してきました。
すき間が一枚のパッチワークの感じになりましたので句集を上梓しました。
沖縄の両新聞に月1回、約8年間にわたり、「琉球風画 今はいにしえ」のタイトルで水彩画&エッセイを連載しています。
160句の俳句のすき間に16点の水彩画をレイアウトしました。俳句のための水彩画ではなく水彩画のための俳句でもありません。寄り添ったり気分転換の要素になりました。

とあった。また、集名については、著者「あとがき」に、

 句集のタイトルは「アイビーんすかい」です。アイビー(蔦)の箱に棲みついた実感と、若葉に包まれたり落葉した迷路のような裸の蔦にしばられたり、季節はくり返しているようでくり返してないようで時間もくり返すことはありません。アイビーの隙間から覗き見上げる空(スカイ)と合体する造語になりました。ゆたしくうにげーさびら。

と記されている。ローゼル川田には詩集『廃墟の風』(あすら舎)もある。



バックミラーにきみの顔やらさくらやら(右ページ)↑
道を掘る長虹堤が見えるまで(左ページ)
水彩画・ローゼル川田 ↑

ともあれ、以下にいくつかの句を挙げておこう。

           花でいご家族の墓は基地の中      ちゅうしん 
頭蓋骨曳いて遊んだ夏休み
語り部は少女のままで慰霊の日
茗荷掘る姉の景色も箱詰めに
    トウモロコシアツアツアマイハーモニカ
       幻想の泳ぐ岸辺に花万朶 (吉本隆明 追悼)
初めての折り鶴つくり火葬する
  オオゴマダラはたひた飛んで無彩色
動かない路地を曲がった春の風
口紅がはに出してきたお母さん
   落ち薔薇を踏みつぶしてはふり返る 

親泊ちゅうしん(おやどまり・ちゅうしん) 団塊世代、那覇市生まれ。



2019年5月27日月曜日

笠原タカ子「瓜西瓜南瓜の中を世田谷線」(「豈」第148回東京句会)・・



 一昨日、5月25日(土)は、隔月、奇数月最終土曜日開催の「豈」東京句会だった(於:白金台いきいきプラザ)。小生は、前日夜は、風邪?をひき、38度近く発熱、医者に処方された薬と解熱剤がきいて、句会の時間帯はなんとか切り抜けることができた。
ともあれ、以下に一人一句を挙げておこう。

   のりしろをコーラで濡らし夏見舞    伊藤左知子
   口開けてゐる自覚あり三尺寝       渕上信子
   暗黒の舞踏最期に蜥蜴の尾         猫 翁
   祖父ゆずり「俳句季寄せ」の黴くささ   武藤 幹
   食品ロスあとは西日とガラパゴス    川名つぎお 
   山椒魚堂々巡りする思考        杉本青三郎
   夕立や人を待たせて人を待つ       山本敏倖
   蛇いちご真昼の街にまぎれこみ     小湊こぎく
   囚はれの徳仁(なるひと)雅子 薫風旗 打田峨者ん
   蒼空へ麦秋続く毛野国          福田葉子
   風青し遺伝子ラボの自由猫        早瀬恵子
   卯の花腐し砂搔く犬のうしろ足     笠原タカ子 
   列島をまたぐ朱帝の巨人かな       大井恒行

 次回は、7月27日(土)午後1時から~同じ場所。参加は「豈」以外の方も自由です。
お気楽にどうぞ・・・



     「東京新聞」5月25日(土)夕刊・「俳句時評」↑

★閑話休題・・・福村健「銀の森銃も獣も眠りけり」(東京新聞夕刊「ここに句がある」より)・・・


「東京新聞」夕刊(5月25日・土)の俳句時評・福田若之「ここに句がある」は、月一回の俳句時評だが、今回の最後の部分に以下のように書きつけていた。

 高校生の頃、伊藤園のお~いお茶パッケージに〈銀の森銃も獣も眠りけり〉という句を見つけた。福村健という十四歳だったこの句の作者が、いまも句を書いているかは知らない。けれども、これを読んだとき、一度でいいから、こんなうつくしくもやさしい句を書いてみたいと思ったことは、よく覚えている。
 俳句史は時代性ありきではない。俳句ありきだ。一句には、そのつど歴史の芽生えがある。

 


2019年5月23日木曜日

蕪村「ちるさくら落つるは花のゆふべかな」(「オルガン」17号より)・・



「オルガン」17号の「連句興行 巻捌/脇起 オン座六句『ちるさくら』の巻」、「璞・捌/抜け芝・指合見」の留書は福田若之。その留書に、

 脇起で連句を巻くことは、ひとつには、一句を活きた俳諧の発句として読み直すことにもなるはずです。もちろん、連句がその名で呼ばれるようになったのは、すでに明治も半ば過ぎののちのことですし、、このことからわかるとおり、俳諧もまた絶えず移ろいゆく文芸です。しかし、まさしく俳諧がそのように活きつづけているからこそ、今日もなお、僕たちは一句を活きた俳諧の発句として読みなおすことだできるのだと思います。
 
 とある。その脇起のための発句が、ブログタイトルにあげた、蕪村「ちるさくら落つるは花のゆふべかな」である。
 ところで、本誌本号のメインは座談会Ⅰ(前編)・Ⅱ(後編)の「筑紫磐井「兜太・なかはられいこ・『オルガン』を読む」である。もとはと言えば『WEP俳句年鑑』2019年版の筑紫磐井「兜太・なかはられいこ・『オルガン』-社会性を再び考える時を迎えて」をめぐる「オルガン」メンバー4名、田島健一・鴇田智哉・福田若之・宮本佳世乃による座談会で、Ⅰは主に筑紫磐井の論をめぐって、Ⅱは具体的な句作品をめぐって、自らの問題点を剔出していこうとする内容である。
 そのなかで兜太について、福田若之は、

福田 (前略)シュルレアリスムみたいな方向には、兜太はとても懐疑的なんですよね。時代的にも、兜太の論が書かれたのは、ちょうどサルトルの思想が日本へ本格的に輸入されはじめていたころです。アンガージュマンの発想が兜太の中に入り込んでいる感じがする。あくまでも推測ですが、晩年の兜太の言う「存在者」なんていうのも、直接にハイデガーというよりも、むしろサルトルを経由したハイデガーなのかも知れません。(中略)だから、兜太を理解する上では、「造型」の問題と「社会性」の問題とをあまり分けすぎないほうがいいのかな、とは思っています。
 
 と述べている。ここからは、余談になるが、愚生は、兜太に一番影響を受けた思想につて、直接、兜太の口から(いつどこでは失念しているが)「オレが一番影響を受けたのは実存主義、サルトルの実存主義」と出たのだけは覚えている。そのことを思い合わせると、福田若之の言は当たっているように思う。
 兜太は、コミュニズム運動のなかで、政治的な利用主義については、警戒心をもって、注意深く接しているように思えた。それはたぶん、彼が、かつて日銀従業員組合の組合長の経験によるものだと思う。兜太が「アベ政治を許さない」を揮毫したのは、頼まれたのが澤地久枝だったから揮毫したのであって、もし、正面きっての政党からのものであったら、断っていたであろう。大江健三郎らの「九条の会」つながりでの揮毫だったと思う。政治的発言は、もっとも政治に利用されることを知っていたのは兜太であろう。その警戒心と自らの処し方についてのエピソードもあるが、話せば長くなるので割愛する。
 ともあれ、以下に本誌より一人一句を挙げておこう。

  珈琲この世にまざりあう春と夜     田島健一
  ぐつたりと目のある凧の懸りをり    鴇田智哉
  闘鶏が花の姿にもつれあう       福田若之
  十薬の花クレヨンを深く塗る     宮本佳世乃

 ★テーマ詠「はらう」より・・

  逃げ水に顏のかさなりゆくごとし    田島健一
  紐をゆらすやうに春の蚊をはらふ    鴇田智哉
  煤け笑ううつけあけすけ修羅うらら   福田若之
  蝶番蝶蝶蝶蝶蝶蝶鰈         宮本佳世乃 




2019年5月20日月曜日

吉野裕之「ぐいぐいとくじらとなつてしまひけり」(「f-haiku 2018 」)・・



「f-haiku 2018」(フェリス女学院大学生涯学習課)、「後記」に、

 f-haiku 2018は、フェリス女学院大学オープンカレッジの講座「俳句の創作ー日本語のすばらしさを学ぶ」(春学期。秋学期開講:各八回)の二〇一八年度の受講生による作品集です。(中略)
 俳句の本質は、私たちの日常生活を豊かに実感すること、このことを基本に、講座は運営されています。当たり前といえば、当たり前のこと。しかし、ついうっかりと、忘れがちになること。

 と吉野裕之は記している。ともあれ、自由参加の一冊から一人一句を挙げておこう。

  チャリ飛ばすファンキーな女子春隣      伊東伸孝
  うづたかき僧院の古書秋暑し         西村 翠
  月の海ふたたびねじ巻くオルゴール      川井京子
  コンテスト親の古着の案山子かな       瀧澤孝子
  10月の空に呼吸は消えてゆく         中楯真美
  版画家の便りの中の暦売り          中村義和
  凛と立つ天の高さや曼珠沙華         谷嶋睦美
  法師蟬鳴きつくしたか往ぬる日ぞ       丸矢一夫
  ゆずり葉やみな元号のない暦       小宮山眞知子
  兎やら棲んでいいるやら真白の野       齋藤三和
  佇んであをあをの田の目高追ふ       佐々木裕雄
  台風のかけらホームを走り抜け       清岡ひさ子
  朱を放ち木立にぶらり烏瓜          木村榮一
  ぶらんこやトロイメライにまどろみぬ     森田一弘
  一月のフォルム高々ビルの上         吉野裕之



          文學の森会長・姜琪東↑


    山本健吉賞実行委員長・山本安見子(健吉息女)↑ 


          乾杯の音頭 筑紫磐井↑

★閑話休題・・・第17回山本健吉賞・稲畑汀子(「株」文學の森・各賞贈賞式)・・・

 本日5月20日(月)は、京王プラザホテルに於いて、文學の森各賞贈賞式が行われた。
久々に会った会長・姜琪東(カン・キドン)、まだまだ健在、、最後の仕事が、俳句界に若者を多く招き入れたい、だった。乾杯の音頭は筑紫磐井。以下にすべてではないが主要な受賞者を挙げておこう。

・第17回 山本健吉賞 稲畑汀子
・第11回 文學の森賞大賞 大久保白村『海にも嶺のあるごとく』
              阿部元気『隠岐』
・第20回 山本健吉評論賞 宇井十間「スンマ・ポエティカー造型論における世界観の問題」
・第9回 北斗賞 諏佐英莉「やさしきひと」


             大賞の稲畑汀子 ↑


北斗賞の諏佐英莉↑


             評論賞の宇井十間 ↑


2019年5月19日日曜日

大牧広「しんしんと遠郭公や『なぜ詠むか』」(『そして、今』)・・・



 大牧広・俳句日記2018『そして、今』(ふらんす堂)、先月4月20日に亡くなられたばかり(享年88)の大牧広の句日記である。「あとがき」の日付が本年3月10日だから、本人は、まだまだいけるという感じだったのでは、と思わせる。『大牧広前句集』が晩年の夢である、とも語っている。

   したたかな晩年の夢冬青空      広

 今年第53回蛇笏賞には、大牧広第十句集『朝の森』(ふらんす堂)が選ばれている。授賞式への参列は叶わなかったが、佳き知らせだったはずである。それにしても、亡くなられてすぐの著者の本が届くのは、一層の哀しみがある。

   百歳までも生きたい冬の水平線    

 その「あとがき」に、

  この日記、私は、あからさまに書いたつもりである。
 ただ、掲げた一句の根底への配慮の「共通項」を1%でも守ろうとした気持である。

 と記されている。ブログタイトルにした「しんしんと遠郭公や」の句には、

  五月十一日(金)
 私が勤めていた城南信用金庫の元理事長吉原毅氏は、「原発ゼロの社会を実現する」という理念で、小泉純一郎氏などと活動している。
こうした民意の「うねり」は絶やしてはならぬものだと思っている。(中略)
原発は本当に恐ろしい災いを起こす。福島県がその事実を示している。こうした理念を俳句に生かしたい、と心から思っている。

 と俳句への心情が書かれている。句のみになるが、いくつか以下に引用しておきたい。合掌。

   太箸といふ厳粛をいまさらに
   呟きは大方怒り春の昼
   昭和二十年五月の空は澄んでいた
   老いゐたる夏木にも意志ありにけり
   権力は守られ蟻は踏みにじられ
   ちさき団扇ちさき風しか出さぬ
   戦中の夏や汚れし人ばかり
   日盛りやバスは律儀に止る走る
   いまのところ生きる側にて栗を剥く
   坂がふときびしく見えて十月尽
   仙人になりたき思ひ冬銀河
   なんとなく心緊まりて大晦日

大牧広(おおまき・ひろし)1931年4月12日~2019年4月20日。東京生まれ。